トンマーゾ・トラエッタ

トンマーゾ・ミケーレ・フランチェスコ・サヴェーリオ・トラエッタ（1727年 3月30日 - 1779年 4月6日）は、バロック後期から古典派初期にかけて活躍したイタリアの作曲家です。バーリ近郊の町ビトントで生を受け、ナポリで著名な作曲家・歌手・教師であったニコラ・ポルポラの門を叩きました。1751年にナポリで上演されたオペラ「ファルナーチェ」で作曲家としての最初の成功を収め、同時期にニコロ・ヨンメッリとの交流も始まったようです。この頃から、彼はイタリア各地から作曲の依頼を受けるようになり、当時の主要な音楽ジャンル、特にオペラにおいて頭角を現しました。

しかし、1759年に起きたある出来事が、彼のオペラに対する考え方を大きく変える転機となります。これを機に、トラエッタはパルマ公国の宮廷楽長という重要な地位に就くことになります。当時のパルマは、ヨーロッパの大国に比べれば小規模な公国でしたが、スペイン出身の公とフランス出身の公妃という、異色の統治者の下で運営されていました。公のフェリペ王子はフランス王ルイ14世の孫娘と結婚しており、その結果、パルマの宮廷にはフランス文化、特にヴェルサイユ宮殿の華やかさを模倣しようとする強い熱意がありました。このような環境下で、パルマにはジャン＝フィリップ・ラモーに代表されるフランスの音楽様式が深く浸透しており、トラエッタのオペラ創作も新たな方向へと向かうことになったのです。

パルマでの滞在は、トラエッタに多くの刺激と協力者をもたらしました。特に幸運だったのは、オペラ制作の責任者であったギヨーム・デュ・ティロとの出会いです。彼はパリで教育を受けた極めて教養深い人物で、フェリペ公の第一大臣としての多くの職務に加え、完璧な文化的センスの持ち主でした。トラエッタの作品に見られる劇的な構成や管弦楽の使用法から判断すると、彼はラモーのオペラの楽譜などを入手し、熱心に研究していたと考えられます。その影響は顕著で、トラエッタは自身の作品にフランス的な要素、とりわけ劇的な表現力に富む旋律や管弦楽の活用を積極的に取り入れました。これにより、彼の音楽はイタリア、フランス、ドイツの要素が融合した独自のスタイルを確立し、数年後にドイツで興隆する「シュトゥルム・ウント・ドラング」運動をも予見するような革新性を持つに至りました。

このフランス趣味の最初の成果が、1759年にパルマで初演されたオペラ「イッポリートとアリシア」です。この作品は、ラモーが1733年に作曲した偉大な悲劇叙事詩「イポリートとアリシー」に大きく依拠していますが、トラエッタは単なる翻訳に留まりませんでした。パルマでの彼の台本作家であったフルゴーニは、ラモー版の元となったキノーの台本（ラシーヌ経由、エウリピデスが起源）を改変しました。フルゴーニはいくつかの重要なフランス的要素を残しています。伝統的な三幕構成ではなく五幕としたこと、フランス的なスペクタクルや演出（特に各幕の終盤のダンスやディベルティスマン）の導入、そしてハッセやグラウンといった同時代の作曲家と比較して、合唱をより精巧かつ効果的に使用したことなどが挙げられます。

1760年代に入っても、トラエッタは精力的な作曲活動を続けました。オペラ・セリアだけでなく、喜劇作品や、ロシア皇帝からの依頼による宗教音楽も手掛けました。そして、ロシアのエカチェリーナ2世に招かれ、サンクトペテルブルクへ渡ります。女帝のために最初に作曲したオペラは、初期作品の再演や改訂版が主だったようですが、1772年には傑作「アンティゴナ」を生み出しました。この作品は、トラエッタ自身の資質、台本作家マルコ・コルテッリーニの才能、そしてソプラノ歌手カテリーナ・ガブリエッリの卓越した技量といった様々な要因が考えられますが、パルマ時代でさえ探求しなかった新たな領域、深い感性と強烈な劇表現に到達した革新的な作品となりました。この「アンティゴナ」は、しばしばグルックのオペラ改革と関連付けられますが、当時の他の作曲家たちも模索していた改革的な理念にトラエッタが最も肉薄した作品であることは間違いありません。

エカチェリーナ2世の宮廷オペラは、イタリア人建築家ラストレッリが設計した冬宮殿内の劇場で上演されました。この劇場は女帝の私室に非常に近い場所にありましたが、後年、女帝はこれを閉鎖し、新しい劇場を建設することを命じます。また、彼女は数年前に寵愛していた建築家ラストレッリを解雇していました。トラエッタもまた、サンクトペテルブルクでの地位を失い、1775年にロシアを離れます。その後は再び旅回りのオペラ作曲家として活動し、ロンドンで「ジェルモンド」（1776年）と「テレマーコ」（1777年）の二つのオペラを制作しましたが、これらは残念ながら、かつての輝きを取り戻すには至らなかったようです。

トラエッタは、ロンドンでの活動から2年後の1779年 4月6日にヴェネツィアでこの世を去りました。彼の死の頃から、オペラ・セリアというジャンルは、芸術的、財政的な要因が重なり、衰退の一途をたどることとなります。しかし、その終焉は、やがて現れる一人の天才によってしばらく延期されることになります。その天才こそが、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトでした。

トラエッタは、同時代の作曲家たちと共に、オペラ・セリアの形式的な制約を打ち破り、劇的な真実味と表現力を追求した先駆者の一人として、その功績が再評価されています。

参照: www.traetta.com (tta.com)
関連項目: 古典派音楽*

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