トーマス・J・ワトソン

トーマス・J・ワトソン・シニア：IBMを築き上げた伝説の経営者

トーマス・ジョン・ワトソン・シニア（1874年2月17日 - 1956年6月19日）は、インターナショナル・ビジネス・マシーンズ（IBM）社の実質的な創業者であり、同社を世界的な大企業へと導いた人物です。1914年から1956年までIBMのトップとして、独自の経営スタイルと企業文化を確立し、パンチカードを使ったタビュレーティングマシンを主力に、効率的な販売組織を構築しました。その手腕から「世界一偉大なセールスマン」と称えられました。

生い立ちと初期のキャリア

ニューヨーク州キャンベルで生まれたワトソンは、幼少期を農場で過ごし、小学校に通いました。その後、経理とビジネスを学ぶためミラー・スクール・オブ・コマースに進学。卒業後は、商店での簿記係や、オルガン・ピアノの行商を経て、セールスマンとしてのキャリアをスタートさせました。

バッファローでのミシン販売の仕事では、失敗から多くを学びました。酒に酔った際に馬車や見本を盗まれるという失態を犯し解雇。この経験から、後にIBMで飲酒に関する厳しい規則を設けることになります。

その後、悪徳興行師の株販売や精肉店経営に挑戦しますが、いずれも失敗。しかし、精肉店で使用していたNCR製キャッシュレジスターが縁となり、1896年、NCR（ナショナル・キャッシュレジスター）社に入社することになります。

NCRでの成功と独占禁止法違反事件

ジョン・ヘンリー・パターソン率いるNCRで、ワトソンは販売と管理の手腕を磨き、東部でトップのセールスマンへと成長。ロチェスター支店の立て直しや、競合他社への破壊工作など、強引な手法も使いながら実績を上げ、本社に配属されます。

本社では、中古キャッシュレジスター市場での競争相手を打ち負かすことを命じられ、表向きは関係のない会社を設立し、資金を投入して市場を独占。競争相手を買収していきました。この独占的な行為は独占禁止法に違反するとして、1912年、ワトソンを含むNCRの幹部が起訴される事態となります。

裁判では有罪判決を受けますが、控訴が認められ、最終的には無罪となりました。この裁判を機に、後に妻となるジャネット・キトリッジと出会い結婚しています。

NCRでの経験は、ワトソンにとって大きな学びとなりました。販売特約店網や直販営業部門の整備、歩合制とノルマ制の導入、事務機器会社として初の開発部門設立など、その後のIBMの基礎となる販売手法を確立しました。

IBMのトップとして

1914年、ワトソンはコンピューティング・タビュレーティング・レコーディング・コーポレーション（C-T-R、後のIBM）の事業部長に就任。翌年には社長に選ばれ、社名をインターナショナル・ビジネス・マシーンズ（IBM）に変更しました。

ワトソンは、販売部門のモチベーションを重視し、セールスマン養成学校を設立。NCRで培った販売理論を教え込みました。社内では個人崇拝が広まり、「THINK」というモットーが掲げられ、社歌ではワトソンへの賛美が歌われました。

1929年の世界恐慌の際には、機械の販売ではなくリースを行う賃貸制を導入していたことが功を奏し、安定した収入を確保。また、パンチカードの販売も安定経営を支えました。

フランクリン・ルーズベルト大統領のニューディール政策においては、IBMの在庫が大量に導入され、業績を大きく伸ばしました。

国際的な活動と第二次世界大戦

ワトソンは国際関係にも深く関心を持ち、国際商業会議所の代表として「国際貿易を通じた世界平和」を提唱。しかし、IBMのヨーロッパ子会社デホマクがナチス・ドイツの国勢調査に協力したことで批判を浴びました。ワトソンはヒトラーと会見し平和を訴えましたが、第二次世界大戦が勃発。ワトソンはヒトラーから授与された勲章を返還し、開戦を非難しました。

一方、IBMはアメリカの戦争準備と戦争に深く関与。軍用に多数のデータ処理装置を生産し、軍に入隊した社員への給与を保証するなど、全面的な戦争支援を行いました。

戦後の社会貢献と晩年

ワトソンは、IBMの拠点に近いビンガムトンに大学を創設する計画に関与。IBMが土地と資金を提供し、シラキュース大学の分校としてトリプル・シティーズ・カレッジが創設されました（後のニューヨーク州立大学ビンガムトン校）。

1949年、ワトソンはIBMの名誉会長に就任。1956年、経営権を長男のトーマス・J・ワトソン・ジュニアに引き継ぎ、その翌月に82歳で死去しました。

私生活と家族

1913年、ジャネット・M・キトリッジと結婚。2人の息子と2人の娘をもうけました。長男のトーマス・J・ワトソン・ジュニアはIBMの会長職を継ぎ、ジミー・カーター政権では駐ソビエト連邦大使を務めました。末息子のアーサー・K・ワトソンもIBM World Trade Corporation 社長、後に駐フランス大使を務めるなど、家族も各界で活躍しました。

THINK：IBMの企業文化

ワトソンがNCR時代から使っていたモットー「THINK」は、IBMの企業文化として浸透。IBMの全ての建物に掲示され、従業員はTHINKと書かれたノートを持ち、ひらめきを記録しました。ノートパソコンのブランド名 ThinkPad も、「THINK」から発想を得ています。

トーマス・J・ワトソン・シニアは、その卓越した経営手腕とリーダーシップで、IBMを世界的な大企業へと成長させました。彼の遺産は、今もなおIBMの企業文化に深く根付いています。

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