ドルアーガの塔 (ゲームブック)

『ドルアーガの塔』ゲームブック版は、ナムコ（現バンダイナムコエンターテインメント）の同名アーケードゲームを原作として、東京創元社から刊行された人気シリーズです。鈴木直人氏が執筆し、虎井安夫氏がイラストを手掛けました。1986年に全3巻構成で出版され、後に創土社による復刊や、幻想迷宮書店による電子書籍版も登場しています。

概要と特徴

ナムコ作品のゲームブック化としては、『ゼビウス』に続く第2弾として企画されました。前作がゲームの世界観をベースにしつつも独自の展開を見せたのに対し、本作では原作のダンジョン探索要素を忠実に再現することに重きが置かれました。全60階からなる「ドルアーガの塔」を、各巻20階ずつ、合計3冊に分けて網羅する構成となっています。

このゲームブックの最大の特徴は、当時としては画期的だった「双方向型」システムです。多くのフロアでプレイヤーは迷路内を自由に移動でき、正確な地図を作成しながら探索を進めることが可能でした。これは、単に決められたルートを進むだけでなく、プレイヤー自身の判断と記憶に頼る探索の楽しさを提供しました。

また、単なるゲームのノベライズに留まらず、原作の設定を下敷きにしながらも、塔の中で生活する多様な人々やモンスター、そして数々の工夫された仕掛けや魅力的なノンプレイヤーキャラクター（NPC）を加えることで、ゲームブック版独自の深く豊かな世界観を築き上げています。この独創性と完成度の高さから、日本のゲームブック史上における最高傑作の一つとして挙げられることが多く、後続の作品にも多大な影響を与えました。

物語

物語は、邪悪な悪魔ドルアーガが、王国に平和をもたらす秘宝ブルークリスタルロッドを奪い、自らが住む60階建ての塔のどこかに隠したことから始まります。さらに、女神イシターの巫女であり、主人公ギルガメスの恋人であるカイも塔に囚われてしまいます。王国の勇敢な戦士ギルガメスは、愛するカイとブルークリスタルロッドを取り戻すため、決死の覚悟でドルアーガの塔への挑戦を開始します。

システム

フロア構造と移動

塔の各フロアは、東西南北それぞれ8ブロック（1ブロックは5m×5m）のグリッド状の正方形で構成されています。外壁は石造り、内壁はレンガや大理石など種類があり、これらがプレイヤーの現在位置を把握する手助けとなります。フロア内部は内壁によって部屋や通路、扉などが複雑に配置されています。

フロア間の移動は基本的に階段を利用しますが、一部にはエレベーターも存在します。階段の上端が跳ね蓋になっている場合は一方通行となり、一度上の階へ進むと下の階へは戻れません。また、外壁に取り付けられた白木のドアからは外階段を利用でき、離れたフロア間を相互に行き来することも可能です。特に第3巻では、フロア内だけでなくフロア間の移動もほぼ自由になり、複雑な三次元迷宮の様相を呈します。

戦闘

戦闘システムは、『ファイティング・ファンタジー』シリーズのように「技量」で一括判定するのではなく、攻撃力と防御力が個別のパラメータとして扱われます。戦闘は攻撃ターンと防御ターンに分かれて進行します。

1. 自分の戦力ポイント＋武器ポイント＋サイコロ2個の出目で攻撃力を決定。
2. 敵の技量ポイント＋サイコロ2個の出目で防御力を決定。
3. 攻撃力が防御力を上回れば攻撃成功。敵の体力ポイントを武器に応じた値だけ減少。
4. 続いて、敵の技量ポイント＋サイコロ2個の出目で敵の攻撃力を決定。
5. 自分の戦力ポイント＋防具ポイント＋サイコロ2個の出目で自分の防御力を決定。
6. 敵の攻撃力が自分の防御力を上回ればダメージ。自分の体力ポイントを減少。

どちらかの体力ポイントが0になるまでこの手順を繰り返します。

呪文

特定の場面では、5文字のアルファベットで表される呪文を使用できます。呪文を使用すると効果に見合った体力を消費し、中には即死級の体力を消費するものもあります。後の関連作品にも引き継がれた呪文も存在し、幻想を幻影化する「FANTZ」、生命体の数や大きさを識別する「MADAL」、魔法を封じる「MAGNO」、魅了を無効化する「MAURU」、強力な電撃魔法「MIRRA」、使い魔を召喚する「MUELO」、恐るべき大魔法「MUALA」などがあります。

各巻の内容

悪魔に魅せられし者（1-20階）: 鈴木直人氏のデビュー作。双方向型の迷路が主体ですが、フロア間の移動は一方通行が多い初期段階。20階では早くもドルアーガとの最初の対決が待ち受けます。
魔宮の勇者たち（21-40階）: 塔内に市場や酒場が登場し、塔外へ出る機会もあるなど、変化に富んだ冒険が展開します。塔の中で暮らす多様な人々やモンスターが多く登場し、オリジナルキャラクターのメスロンやタウルスがギルの仲間として加わることが大きな特徴です。40階ではドルアーガの腹心ゴルルグとの戦いがあります。
魔界の滅亡（41-60階）: フロア内・間の移動がほぼ完全に自由になり、三次元的な探索が必要となります。フラグアイテムを用いたシステムにより、複数のフロアを往来する場面が増えます。倉庫番のようなパズル要素を持つフロアなど、仕掛けも充実。最終巻であり、エンディングは2種類用意されています。

主な登場人物

原作と共通のキャラクター

ギルガメス: 物語の主人公であり、プレイヤー自身（「あなた」と表記されます）。金色の甲冑を纏う王国の英雄（ゲームブック版では王子との明記はありません）。長身怪力で様々な武具を使いこなし、塔で呪文も習得します。イシターに遣わされた最強の戦士。生真面目な原作イメージとは異なり、ジョークを飛ばしたり挑発したりする人間臭い面も描かれています。
カイ: 女神イシターの巫女であり、ギルガメスの恋人。ドルアーガに囚われ、ギルガメスの救出目標の一人となります。
イシター: 豊穣の女神。ゲーム中では秘宝を通して一度だけ登場します。
ドルアーガ: 9本の腕と4本の足を持つ悪魔。魔法、特に魅了や変身を得意とします。普段は人間の姿を好み、金髪の美青年の姿のほか、美女や老人など様々な姿でギルガメスに接触します。

ゲームブック版オリジナルキャラクター

メスロン: 顔にペイントを施し、髪を逆立てたヴィジュアル系（当時の作者はヘヴィメタルと表現）風貌の魔道士（メイガス）。ギルガメスに助言を与え、第2巻以降は行動を共にします。外見は少年ですが種族は不明。鈴木直人氏の他の作品にも登場する重要なキャラクターです。
タウルス: ドワーフの盗賊で、自称・盗賊王。塔に囚われていたところをギルに助けられ、仲間となります。鍵開けが得意で口達者、酒好き。メスロンとは口喧嘩が絶えませんが、互いを気遣う場面もあります。
クルス: 弁髪を結った東洋人の剣士。ギル以上の体格を誇り、メスロンを助けるために塔へ入りました。ギルに助言を与えたり、協力したりします。
ゴルルグ: ドルアーガに仕える僧衣を纏った双頭のリザードマン。それぞれの首が同時に呪文を唱える強力な敵です。他のファンタジー作品から引用された設定を持つモンスターの一体です。
パオトとアンフ: 著者とイラストレーターをモデルにしたキャラクター。塔の中でゲームブックを執筆しています。

無限アップ論争

双方向型である本作では、同じ項目を繰り返し訪れることがあります。そのため、経験値が無限に稼げるのではないかという議論が読者間で発生しました。特に第1巻15階の不死身のモンスター「クオックス」との戦闘で、倒しても復活するため、ルール上は戦闘を繰り返すことで経験値を無限に獲得可能でした。これを「著者のミス」と批判する声と、「可能なだけで無限に繰り返すのはおかしい」とする反論が、当時の読者交流の場で激しく対立しました。著者の鈴木氏は、経験値の制限は意図的に外し、読者の倫理観や自由な選択を信頼した結果であると述べ、システムによる完璧な制限よりも、読者の主体性を尊重する姿勢を示しました。

ドルアーガの塔 (ゲームブック)