ナウシトオス

ギリシア神話における「ナウシトオス（古希: Ναυσίθοος）」という名前は、複数の人物によって共有されています。特に広く知られているのは、平和を愛する船乗りとして知られるパイアーケス人の初代王と、長い放浪の末に故郷へ帰還した英雄オデュッセウスの息子の一人です。

パイアーケス人の王ナウシトオス

最も有名なナウシトオスは、叙事詩『オデュッセイア』などに登場するパイアーケス人の祖であり、初代の王を務めた人物です。彼の父は偉大なる海神ポセイドーン、母は巨人族（ギガース）の王エウリュメドーンの娘ペリボイアでした。ナウシトオスはレークセーノールとアルキノオスの父でもあり、特にアルキノオスは後に王位を継ぎ、英雄オデュッセウスの帰郷を助ける重要な役割を果たします。

もともと、ナウシトオスの率いるパイアーケス人は、単眼の巨人キュクロープス族が住むヒュペレイアの地に隣接して暮らしていました。しかし、キュクロープスたちによる容赦ない暴力と圧政に苦しめられていたため、ナウシトオスは部族全体を率いて、キュクロープスの支配から逃れることを決意します。彼は民衆を連れて、はるか遠く離れたスケリア島へと移住しました。この島は現在のイオニア海に浮かぶコルフ島であると考えられています。

スケリア島に新たな安住の地を見出したナウシトオスは、そこに都市を建設し、自らがその初代王となりました。彼は民を守り、平和な社会を築き上げることに尽力しました。しかし、彼は将来に向けて一つの予言を残しました。それは、いつか海神ポセイドーンの激しい怒りによって、パイアーケス人が住む島が巨大な山に囲まれ、外界から孤立してしまうだろうというものでした。

この予言は、彼の息子であるアルキノオスの治世に現実のものとなります。トロイア戦争からの帰還を目指していた英雄オデュッセウスがスケリア島に漂着した際、アルキノオス王は彼を温かく迎え入れ、手厚いもてなしをした後、故郷イタケーへの帰還を果たすための船と船員を提供しました。パイアーケス人の船は驚異的な速さでオデュッセウスをイタケーへ送り届けましたが、この行為はオデュッセウスに長年敵意を抱いていた父ポセイドーンの怒りを再び買うことになりました。激怒したポセイドーンは、オデュッセウスを送り届けたパイアーケス人の船を港の目前で石に変えて沈め、さらに予言通り、スケリア島の周囲に巨大な山脈を隆起させて島を外界から遮断してしまったと伝えられています。

オデュッセウスの子ナウシトオス

もう一人のナウシトオスは、トロイア戦争の英雄オデュッセウスの息子として知られています。しかし、彼の母については異なる伝承が存在します。

一説によれば、ナウシトオスはオデュッセウスと女神カリュプソーの間に生まれた子供だとされます。カリュプソーはオデュッセウスが長く囚われていたオギュギアー島のニュンペーであり、彼を夫にしようと試みました。この二人の間には、ナウシトオスとナウシノオスという二人の息子が生まれたと語られます。

また別の伝承では、ナウシトオスはオデュッセウスと魔女キルケーの間に生まれた子だとされています。キルケーはアイアイエー島に住む魔女で、オデュッセウスとその部下を動物に変えようとしましたが、オデュッセウスの機知によって打ち破られました。その後、二人は和解し、キルケーはオデュッセウスとその部下を一年間島に滞在させました。この滞在中に、キルケーはオデュッセウスとの間にテーレゴノスという息子を生んだことがよく知られていますが、この伝承ではテーレゴノスと兄弟としてナウシトオスも生まれたとされています。

オデュッセウスの息子としてのナウシトオスが、それぞれの母（カリュプソーまたはキルケー）に関連する神話の中で具体的にどのような役割を果たしたかについての詳細は、現存する文献では多く語られていませんが、彼の存在は英雄オデュッセウスの複雑な系譜を示す一例として挙げられます。

このように、ナウシトオスという名前は、ギリシア神話において異なる時代の、異なる立場にある人物を指す名称として用いられています。特にパイアーケス人の王としてのナウシトオスは、ホメロスの叙事詩を通じて、平和な理想郷を築いた指導者であり、同時に神の怒りという避けられない運命に翻弄される存在として描かれています。

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