ナウシノオス

ナウシノオス

ナウシノオス（古希: Ναυσίνοος, Nausinoos）は、古代ギリシア神話において語られる人物の一人です。彼の存在は、主に古代ギリシアの詩人ヘーシオドスが著した、神々の系譜を記す重要な作品である『神統記』にその名が見出されます。

系譜と誕生

ヘーシオドスの『神統記』によれば、ナウシノオスはトロイア戦争の英雄として知られるオデュッセウスと、巨人アトラースの娘である海のニュンペー、カリュプソーとの間に生まれた息子とされています。彼はまた、ナウシトオスという兄弟がいたとも記されています。

オデュッセウスは、トロイアからの帰路、船が難破した後にカリュプソーが住まう神秘の島、オーギュギアーに漂着しました。カリュプソーはこの英雄に恋焦がれ、彼を島に引き止め、不死を与えようとしましたが、オデュッセウスは故郷イタケーへの帰還を強く望んでいました。ナウシノオスとナウシトオスは、オデュッセウスがこのオーギュギアー島に長らく滞在していた期間に誕生した子供たちであると、『神統記』は伝えています。オーギュギアー島は地理的にはエーゲ海の西の果てにあるとされ、カリュプソーはそこに幽閉されるように暮らしていました。

文献による伝承の相違

しかし、ナウシノオスの存在に関する伝承は、他の重要な古代ギリシア文学作品においては異なっています。ホメーロスによる長大な叙事詩『オデュッセイア』は、オデュッセウスのオーギュギアー島での7年にも及ぶ滞在とその脱出劇を詳細に描いていますが、彼とカリュプソーの間に子供が生まれたことについては一切言及していません。ホメーロスは、オデュッセウスの妻ペーネロペーと息子テーレマコスへの深い愛情、そして故郷への強い帰還願望を強調しており、島での新たな家族の存在を描くことは、物語の主軸とは異なると判断したか、あるいは単にその伝承を知らなかった、あるいは採用しなかったのかもしれません。

また、後代の神話伝承を網羅的にまとめたとされるアポロドーロスの『ギリシア神話』では、オデュッセウスとカリュプソーの息子としてラティーノスの名が挙げられています。このラティーノスは、後にイタリア中部ラティウム地方の祖となるとされる重要な人物ですが、この伝承においてはナウシノオスやナウシトオスの名は語られていません。このように、同じオデュッセウスとカリュプソーという組み合わせであっても、古代の文献によって語られる子供たちの名前や存在が異なることは、ギリシア神話の伝承が一つに定まっているわけではなく、時代や地域、あるいは語り部によって多様な形をとりながら伝えられてきたことを示しています。

まとめ

ナウシノオスは、ヘーシオドスの『神統記』においてオデュッセウスとカリュプソーの子として記される人物であり、ナウシトオスの兄弟とされます。彼らの誕生は、オデュッセウスがカリュプソーのオーギュギアー島に滞在した期間と関連づけられています。しかし、より広く知られるホメーロスの『オデュッセイア』ではその存在に触れられず、またアポロドーロスのような他の神話集では異なる息子（ラティーノス）が伝えられるなど、彼の存在に関する伝承は一定ではありません。このことは、ナウシノオスが特定の文献（特に系譜を重視するヘーシオドス）において語られる神話的人物であり、ギリシア神話における系譜伝承の多様性を示す一例と言えます。

彼の名は「船（ναῦς, naus）を持つ」あるいは「船に関係する」といった意味合いを含む可能性がありますが、彼の生涯や具体的な事績については、『神統記』の短い言及以外に詳しい記述は見られません。ナウシノオスは、偉大な英雄オデュッセウスの隠された、あるいは忘れられた側面を示唆する人物として、神話研究において言及されることがあります。

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