ナセル・オリッチ

ナセル・オリッチ：スレブレニツァ防衛の司令官、その生涯と裁判

ナセル・オリッチ（Naser Orić, 1967年3月3日 - ）は、ボスニア・ヘルツェゴビナの元軍司令官であり、特に1992年から1995年のボスニア紛争中に、セルビア人勢力に包囲されたスレブレニツァの防衛を指揮したことで知られています。彼の軍歴、紛争中の役割、そして旧ユーゴスラビア国際戦犯法廷（ICTY）での裁判について詳しく見ていきましょう。

生い立ちと軍歴

オリッチは、高等学校卒業後、ユーゴスラビア人民軍（JNA）に徴兵され、化学・核防護部隊に所属しました。退役時には伍長の地位にありました。その後、警察官としてベオグラードで訓練を受け、セルビア内務省の特殊警察部隊の一員としてコソボにも派遣されました。一時期は、スロボダン・ミロシェヴィッチのボディーガードを務めたこともあります。

1991年、オリッチはサラエヴォ郊外の警察署に配属され、その後スレブレニツァの警察署に移りました。1992年4月には、ポトチャリ警察支所の所長に就任しています。

スレブレニツァ防衛

ユーゴスラビア崩壊後、オリッチはスレブレニツァ周辺地域の防衛組織を率いることになります。1992年4月中旬にはポトチャリ防衛隊が結成され、オリッチがその司令官となりました。同年5月には、スレブレニツァ防衛隊の指揮官に指名され、ボスニア・ヘルツェゴビナ共和国軍（ARBiH）によって正式に承認されました。

1992年9月、スレブレニツァ防衛隊はスレブレニツァ武装隊へと改称され、オリッチは引き続き指揮官を務めました。彼の権限は、スレブレニツァ地域の複合武装隊の指揮官に指名されたことで大幅に強化され、東ボスニアのスレブレニツァ、ブラトゥナツ、ヴラセニツァ、ズヴォルニクの各自治体に及びました。1994年元日、オリッチ指揮下の部隊はARBiH第2軍団の第8作戦部スレブレニツァ司令部と改称され、オリッチは准将に昇進しました。

スレブレニツァでの紛争

1992年4月、セルビア人勢力がスレブレニツァを制圧し、ボシュニャク人住民は周辺地域へ脱出しました。オリッチは、地域的なレジスタンス運動の指導者の一人として、スレブレニツァ周辺の村々を攻撃し、支配地域の拡大を図りました。しかし、これらの攻撃は後にICTYによって戦争犯罪として訴追されることになります。

1993年、フランスの将軍フィリップ・モリヨンがスレブレニツァを訪問し、町が人口過剰で包囲により劣勢に立たされている状況を目の当たりにしました。彼は、町が国際連合の保護下にあることを宣言しましたが、1995年7月、スレブレニツァはセルビア人勢力によって完全に制圧され、スレブレニツァの虐殺が引き起こされました。オリッチは、その2か月前にヘリコプターでスレブレニツァを脱出しています。

ICTYでの裁判

デイトン合意後、オリッチはトゥズラでフィットネスクラブを開業しました。2003年、ICTYによって戦争犯罪の容疑で訴追され、逮捕されました。訴状では、1992年から1993年にかけてスレブレニツァの警察署に拘留されていたセルビア人に対する殺害、拷問、虐待を阻止しなかったことが問われました。また、セルビア人が住む村々への攻撃を命じ、指導したことも訴追の対象となりました。

裁判は2004年に始まり、2006年に判決が下されました。ICTYはオリッチに対し、セルビア人捕虜の殺害と非人道的行為を止める義務を怠ったとして、2年の懲役を言い渡しました。しかし、セルビア人に対する殺害や非人道的行為への直接関与、家屋や財産の略奪・破壊に対する指導者責任については無罪とされました。

2008年、控訴審において、オリッチは全ての容疑について無罪となりました。この判決は、ボシュニャク人からは英雄として迎えられましたが、セルビア人からは不公平であるとの批判も上がりました。

裁判後の動向

オリッチは裁判後、ボスニアで事業を行っていましたが、2008年には恐喝容疑で逮捕されたとも報じられています。

ナセル・オリッチは、ボスニア紛争における複雑な人物であり、その行動は多くの議論を呼んでいます。彼の生涯と裁判は、紛争の悲劇と正義の追求の難しさを物語っています。

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