ナセル湖

ナセル湖は、アフリカ大陸を流れる大河ナイル川の上流、エジプト南部からスーダン北部にかけて広がる巨大な人造湖です。この広大な水域は、20世紀後半に進められたアスワン・ハイ・ダム建設プロジェクトの最大の成果物であり、世界でも有数の貯水量を誇るダム湖として知られています。

湖の全長はおよそ550キロメートルにも及び、総面積は約5,250平方キロメートルに達します。貯水容量は最大で157立方キロメートルという膨大な量で、周辺地域の水資源供給や電力生産に不可欠な役割を果たしています。スーダン側では、歴史的な地域名にちなんでヌビア湖とも呼ばれています。

ナセル湖という名称は、アスワン・ハイ・ダム計画の推進者であった当時のエジプト大統領、ガマール・アブドゥル＝ナーセルの功績を記念して名付けられました。湖の誕生は、1958年に着工し1970年に完成したアスワン・ハイ・ダムの建設と密接に関連しています。ダムの完成によってナイル川の水位が大幅に上昇すると、かつての川筋に沿った広大な地域が水没することになりました。この水没地域には、古代エジプトやヌビア文明の豊かな遺産である数多くの神殿、教会、その他の重要な遺跡が点在していました。これらの貴重な文化財を守るため、ユネスコの国際的な協力のもと、有名なアブシンベル神殿をはじめとする多くの遺跡が、元の場所からより標高の高い安全な場所へと解体・移築されるという、前例のない大規模な救済プロジェクトが実施されました。

また、ダム建設は人々の生活にも大きな影響を与えました。スーダンの主要な河川港であり鉄道の起点でもあったワジハルファ市は湖底に沈むことになり、その住民は近くに新たに建設された町に移転しました。エジプト側のナイル川上流に位置していたヌビア地方の多くの集落も同様に水没し、数十万人に及ぶ住民が故郷を離れ、移住を余儀なくされました。これは、近代化と開発がもたらした歴史的および社会的な大きな変化の一つです。

1990年代には、ナセル湖の水位が予期せず上昇し、エジプト領内での水害の危険性が高まった時期がありました。これに対処するため、1998年からは湖の西側に広がるサハラ砂漠に向けて余剰水を導き、新たな人工湖群であるトシュカ湖を建設するプロジェクトが進められました。

ナセル湖は現在も重要な交通路としての役割を担っています。エジプトのアスワンとスーダンのワジハルファの間には定期的なフェリーサービスが運航されており、ワジハルファからはスーダンの首都ハルツームまで鉄道で接続しています。かつてエジプトとスーダンの国境を陸路で越えることが非常に困難であり、両国間に舗装された道路が存在しなかった時代には、このフェリー航路が空路を除けば両国間を行き来するほぼ唯一の手段であり、その重要性は計り知れないものでした。現在では、アフリカ大陸を縦断する国際幹線道路の一部を利用して、両都市間を陸路で移動することも可能になっています。

観光の面では、ナセル湖は近年、特にスポーツフィッシングの目的地として注目度が高まっています。湖には巨大なナイルパーチなどが生息しており、国内外から多くの釣り愛好家が訪れています。

その他、ナセル湖の一部、特にエジプトとスーダンの国境線付近に位置するワジハルファ突出と呼ばれる地域は、両国間で領有権が争われている場所としても知られており、この湖が抱える地政学的な側面を物語っています。

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