ニュクテーイス

古代ギリシャの神話世界には、数多くの英雄や神々が登場しますが、彼らの周りを彩り、あるいはその運命を左右する女性たちの存在もまた、物語を豊かにしています。ニュクテーイス（古希: Νυκτηΐς, Nycteïs）も、そのような重要な役割を担った女性の一人として、その名が伝えられています。彼女の名前は、長音を省略して「ニュクテイス」と表記されることもあります。

ニュクテーイスは、ニュクテウスという男性とポリュクソーという女性の間に生まれた娘でした。父ニュクテウスは、テーバイの初期の歴史に関わる人物であり、彼の血筋は娘のニュクテーイスを通じて、後のテーバイ王家へと繋がっていくことになります。彼女には姉妹がおり、その一人であるアンティオペーは、後に有名な神話的エピソードに登場する女性です。また、文献によっては、ゼウスとの関係で知られるカリストーもニュクテーイスの姉妹であったとする説が見られます。このように、ニュクテーイスはテーバイの有力者の一族に生まれ、その家族関係もまた神話の様々な場面と結びついています。

ニュクテーイスの生涯において最も重要な出来事の一つは、テーバイの王であったポリュドーロスとの結婚です。ポリュドーロスは、勇敢な英雄カドモスの息子でした。カドモスは、フェニキアからテーバイにやって来て、スパルトイと呼ばれる戦士たちを用いてこの都市を建国した人物であり、テーバイ王国の初代の王とされています。したがって、ポリュドーロスはテーバイの正統な王位継承者であり、ニュクテーイスとの結婚は、彼女をテーバイ王国の中心、すなわち王妃の座へと就かせることとなりました。

ポリュドーロス王との間に、ニュクテーイスは一人の息子をもうけました。その息子こそ、ラブダコスです。ラブダコスは成長して父の跡を継ぎ、テーバイの王となります。彼に始まる王統は「ラブダコス朝」と呼ばれ、この王朝からは、後の悲劇的な物語で有名なオイディプス王など、テーバイの歴史において極めて重要な役割を果たす人物たちが輩出されることになります。ニュクテーイスは、このテーバイの長い歴史、特に「ラブダコス朝」の系譜が始まるにあたって、血筋の上で直接的な母として関わっているのです。彼女の存在は、カドモスからポリュドーロスへと受け継がれた王位が、その息子であるラブダコスへと正統に引き継がれるための、不可欠な繋がりであったと言えます。彼女自身がどのような人物であったか、どのような逸話があったかといった個人的な情報は、神話の中であまり詳細には語られていませんが、夫であるテーバイ王ポリュドーロス、そして息子であるラブダコスという、テーバイ王家の歴史を語る上で欠かせないキーパーソンたちと結びつくことで、その名前は古代ギリシャの神話の中にしっかりと刻まれています。

ギリシャ神話において、王家や英雄の系譜は非常に重視されます。ニュクテーイスのように、主要な英雄たちの親や配偶者として登場する女性たちは、物語の展開そのものに直接関わることは少なくても、血筋を繋ぎ、次世代の英雄を生み出すという点で、神話世界を成り立たせる上で極めて重要な役割を果たしています。ニュクテーイスもまた、テーバイ王家の歴史を語る上で、単なる一女性ではなく、王朝の継続と発展を支えた存在として、その名を記憶されるべき人物と言えるでしょう。彼女に関する情報は、古くから様々な文献、例えば紀元前後の歴史家アポロドーロスの著作『ギリシア神話』などに記録されています。現在、アポロドーロスの『ギリシア神話』は、高津春繁氏による翻訳版が岩波文庫から出版されており、日本語で彼女を含む多くの神話的人物やその関係性について詳細を知ることが可能です。このように、ニュクテーイスは、古代ギリシャ神話の壮大な物語世界の中で、王家の系譜という重要な役割を担った女性として、その名を留めているのです。

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