ニーガームジーク
「ニーガームジーク」（ドイツ語: Negermusik）は、ナチス・ドイツの時代に、主にジャズやスウィングといったアフリカ系アメリカ人の音楽スタイル、あるいはアフリカ音楽全般に対して向けられた差別的な呼称です。ナチスはこの種の音楽を、彼らが「劣った」と見なした人種の生み出した「退廃芸術」として厳しく非難し、社会からの排除を図りました。
この音楽に対する反発は、ナチスの台頭以前から存在していました。ワイマール共和国時代の1927年には、エルンスト・クルシェネクのオペラにジャズが取り入れられたことが、ドイツ国内の民族主義的な右派グループからの強い反感を買っています。さらに1930年には、アメリカ人作曲家のヘンリー・カウエルが、ジャズにはアフリカ系アメリカ人のリズム要素と、ニューヨークのユダヤ人が施した近代化の要素が混在しており、「ユダヤ人の眼を通してみた黒人音楽」であるとの主張を展開しました。この見解は、ナチスによって直ちに採用され、彼らの音楽批判の根拠の一つとなりました。
ナチスによる「ニーガームジーク」への批判は、特定の音楽的要素にまで及びました。例えば、「不要なシンコペーションの使用」や「ドラムの過度な多用」などが挙げられました。さらに、これらの音楽は「不道徳な芸術」、「音楽表現の堕落した形態」、「俗悪なダンス様式」であると断じられました。ナチスは、1930年代の現代音楽全体を「ユダヤ人の政治的武器」とみなし、徹底的な調査と排除の対象としました。
弾圧は法制化されていきました。1930年5月4日には、テューリンゲン州の内務・教育大臣であったヴィルヘルム・フリックが、「黒人文化に反対し、ドイツ文化遺産を守るため」と称する法令を布告しました。1932年には、フランツ・フォン・パーペン内閣がナチスの方針に迎合し、黒人音楽家のドイツ国内での全ての公演を禁止しました。そして1933年、アドルフ・ヒトラーが政権を掌握すると、帝国音楽院が設立され、音楽統制の体制が強化されました。決定的な措置として、1935年10月12日、ドイツ国家放送協会長オイゲン・ハダモフスキーの主導により、全ドイツの国営ラジオ放送における「黒人ジャズ」の全面禁止が宣言されました。
1938年には、ナチスの企画による「退廃音楽展」がドイツ各地で開催され、特にデュッセルドルフが主要会場となりました。この展示会では、現代のアメリカ音楽が「ニーガームジーク」として、またユダヤ人によるドイツ文化への「陰謀」であるとして誹謗中傷されました。展示物には、アフリカ系アメリカ人男性がタキシードにダビデの星を付け、サキソフォンを演奏している誇張されたポスターなども含まれました。
このような弾圧に対し、若者たちの抵抗の動きもありました。「スウィング・キッズ」（Swingjugend）と呼ばれたグループは、1930年代後半のドイツで、特にハンブルクやベルリンを中心に活動しました。14歳から18歳くらいの少年少女が中心で、彼らはナチスによって禁止されたジャズやスウィングを、私有地やクラブ、レンタルホールなどで聴いたり踊ったりすることで、国家社会主義体制への反抗を示しました。ドイツ国内のジャズは、その演奏者が黒人やユダヤ系であることも多く、ナチズムとは相容れないものと見なされていました。スウィング・キッズの活動は非政治的に見えましたが、その存在自体が体制への異議申し立てとなりました。しかし、この抵抗は容赦なく鎮圧されました。1941年8月18日には、300人以上のスウィング・キッズが警察に逮捕され、髪を刈られて学校に戻されたり、リーダー格は強制収容所に送られたりするなど、厳しい処分を受けました。
第二次世界大戦中、プロパガンダ目的で「ニーガームジーク」やそれに類する音楽が利用される皮肉な状況も生まれました。ドイツ占領下のオランダでは、ゲッベルス宣伝省が作成したパンフレットに「古いジャズレコード」という言葉が使われ、「解放の祝賀会であなたの娘と妻は本物の黒人に腕を取られて踊るだろう」といった、人種主義と反連合国感情を煽る文章が掲載されました。一方で、ゲッベルス自身は、ナチスが後援するスウィングバンド「チャーリー・アンド・ヒズ・オーケストラ」を結成させ、短波放送を通じて連合国向けにプロパガンダを展開しました。これに対し、連合軍も対抗プロパガンダとして、ナチスが禁止した音楽の力を利用しました。アメリカの白人ジャズミュージシャン、グレン・ミラーは、ラジオ放送を通じて連合軍兵士の士気を高めると同時に、その音楽はAFNラジオを通じてヨーロッパにも流れ、ファシストの弾圧に対する自由の象徴として位置づけられました。
第二次大戦終結後も、「黒人音楽」に対する否定的な見方は完全に消えたわけではありません。1950年代のドイツでは、教会や学校当局、政治家などが、若者に人気のエルヴィス・プレスリーやチャック・ベリーといったロックンロールを「淫らな黒人音楽」として抵抗しました。こうした保守的な姿勢は1960年代にも続き、古い世代や保守層が、新しいアメリカ文化に対する防衛として、かつての「ニーガームジーク」に通じるような否定的な言葉を使い続けました。
「ニーガームジーク」という言葉は、単なる音楽ジャンルの呼称ではなく、特定の人種や文化を劣等と見なし、排除しようとしたナチズムの思想を色濃く反映した差別用語です。その歴史は、音楽が政治やイデオロギー、人種主義といかに深く結びつき、抑圧の対象となり得るかを示しています。
弾圧への道筋
この音楽に対する反発は、ナチスの台頭以前から存在していました。ワイマール共和国時代の1927年には、エルンスト・クルシェネクのオペラにジャズが取り入れられたことが、ドイツ国内の民族主義的な右派グループからの強い反感を買っています。さらに1930年には、アメリカ人作曲家のヘンリー・カウエルが、ジャズにはアフリカ系アメリカ人のリズム要素と、ニューヨークのユダヤ人が施した近代化の要素が混在しており、「ユダヤ人の眼を通してみた黒人音楽」であるとの主張を展開しました。この見解は、ナチスによって直ちに採用され、彼らの音楽批判の根拠の一つとなりました。
ナチスによる「ニーガームジーク」への批判は、特定の音楽的要素にまで及びました。例えば、「不要なシンコペーションの使用」や「ドラムの過度な多用」などが挙げられました。さらに、これらの音楽は「不道徳な芸術」、「音楽表現の堕落した形態」、「俗悪なダンス様式」であると断じられました。ナチスは、1930年代の現代音楽全体を「ユダヤ人の政治的武器」とみなし、徹底的な調査と排除の対象としました。
弾圧は法制化されていきました。1930年5月4日には、テューリンゲン州の内務・教育大臣であったヴィルヘルム・フリックが、「黒人文化に反対し、ドイツ文化遺産を守るため」と称する法令を布告しました。1932年には、フランツ・フォン・パーペン内閣がナチスの方針に迎合し、黒人音楽家のドイツ国内での全ての公演を禁止しました。そして1933年、アドルフ・ヒトラーが政権を掌握すると、帝国音楽院が設立され、音楽統制の体制が強化されました。決定的な措置として、1935年10月12日、ドイツ国家放送協会長オイゲン・ハダモフスキーの主導により、全ドイツの国営ラジオ放送における「黒人ジャズ」の全面禁止が宣言されました。
退廃音楽展と抵抗
1938年には、ナチスの企画による「退廃音楽展」がドイツ各地で開催され、特にデュッセルドルフが主要会場となりました。この展示会では、現代のアメリカ音楽が「ニーガームジーク」として、またユダヤ人によるドイツ文化への「陰謀」であるとして誹謗中傷されました。展示物には、アフリカ系アメリカ人男性がタキシードにダビデの星を付け、サキソフォンを演奏している誇張されたポスターなども含まれました。
このような弾圧に対し、若者たちの抵抗の動きもありました。「スウィング・キッズ」（Swingjugend）と呼ばれたグループは、1930年代後半のドイツで、特にハンブルクやベルリンを中心に活動しました。14歳から18歳くらいの少年少女が中心で、彼らはナチスによって禁止されたジャズやスウィングを、私有地やクラブ、レンタルホールなどで聴いたり踊ったりすることで、国家社会主義体制への反抗を示しました。ドイツ国内のジャズは、その演奏者が黒人やユダヤ系であることも多く、ナチズムとは相容れないものと見なされていました。スウィング・キッズの活動は非政治的に見えましたが、その存在自体が体制への異議申し立てとなりました。しかし、この抵抗は容赦なく鎮圧されました。1941年8月18日には、300人以上のスウィング・キッズが警察に逮捕され、髪を刈られて学校に戻されたり、リーダー格は強制収容所に送られたりするなど、厳しい処分を受けました。
戦時下の利用と戦後の影
第二次世界大戦中、プロパガンダ目的で「ニーガームジーク」やそれに類する音楽が利用される皮肉な状況も生まれました。ドイツ占領下のオランダでは、ゲッベルス宣伝省が作成したパンフレットに「古いジャズレコード」という言葉が使われ、「解放の祝賀会であなたの娘と妻は本物の黒人に腕を取られて踊るだろう」といった、人種主義と反連合国感情を煽る文章が掲載されました。一方で、ゲッベルス自身は、ナチスが後援するスウィングバンド「チャーリー・アンド・ヒズ・オーケストラ」を結成させ、短波放送を通じて連合国向けにプロパガンダを展開しました。これに対し、連合軍も対抗プロパガンダとして、ナチスが禁止した音楽の力を利用しました。アメリカの白人ジャズミュージシャン、グレン・ミラーは、ラジオ放送を通じて連合軍兵士の士気を高めると同時に、その音楽はAFNラジオを通じてヨーロッパにも流れ、ファシストの弾圧に対する自由の象徴として位置づけられました。
第二次大戦終結後も、「黒人音楽」に対する否定的な見方は完全に消えたわけではありません。1950年代のドイツでは、教会や学校当局、政治家などが、若者に人気のエルヴィス・プレスリーやチャック・ベリーといったロックンロールを「淫らな黒人音楽」として抵抗しました。こうした保守的な姿勢は1960年代にも続き、古い世代や保守層が、新しいアメリカ文化に対する防衛として、かつての「ニーガームジーク」に通じるような否定的な言葉を使い続けました。
「ニーガームジーク」という言葉は、単なる音楽ジャンルの呼称ではなく、特定の人種や文化を劣等と見なし、排除しようとしたナチズムの思想を色濃く反映した差別用語です。その歴史は、音楽が政治やイデオロギー、人種主義といかに深く結びつき、抑圧の対象となり得るかを示しています。
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