帝国音楽院

帝国音楽院（Reichsmusikkammer）

帝国音楽院は、1933年から1945年のナチス・ドイツ時代に活動した音楽分野の統制機関です。正式名称はドイツ語で「ライヒスムジークカマー（Reichsmusikkammer）」といい、国民社会主義イデオロギーに基づき、ドイツの音楽生活の振興、管理、そして体制に反すると見なされた音楽や音楽家の排除を目的としていました。

設立の背景と経緯

第三帝国において、芸術文化全般はナチス政権のプロパガンダや政策遂行のための強力な道具として位置づけられました。特に音楽、視覚芸術、ラジオ、映画といったメディアは、大衆を啓蒙し、体制の思想を浸透させる上で重要視されました。このため、知識人や芸術家を体制の意向に従わせ、思想的に統制する必要が生じました。

この目的を達成するため、1933年9月22日には「帝国文化院法」が制定されます。この法律に基づき、国民啓蒙宣伝大臣ヨーゼフ・ゲッベルスを総裁とする包括的な文化統制組織「帝国文化院（Reichskulturkammer）」が設立されました。帝国文化院は、音楽、映画、演劇、文学、造形芸術、新聞、ラジオの7つの専門部局を持ち、帝国音楽院はその一つとして設置されました。帝国文化院全体では約25万人もの文化人が所属を義務付けられ、ドイツ国内のあらゆる文化活動がこの組織の管轄下に置かれました。

主な役割と活動

帝国音楽院の最大の使命は、ドイツ音楽の優位性を国際的に示し、国民社会主義の精神に合致する音楽文化を育成することでした。ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンやリヒャルト・ワーグナーといったドイツを代表する作曲家の作品は、国民社会主義の思想と結びつけて解釈され、積極的に奨励されました。その他にも、ヨハン・ゼバスティアン・バッハ、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト、フランツ・ヨーゼフ・ハイドン、アントン・ブルックナー、ヨハネス・ブラームスなどの古典派やロマン派の巨匠が称賛され、現代の作曲家ではヴェルナー・エックやカール・オルフなどが体制によって評価されました。

一方で、帝国音楽院は徹底的な音楽の検閲と排除を行いました。音楽は「ドイツ音楽」と「退廃音楽（Entartete Musik）」に厳格に区分され、特にユダヤ系の影響を受けた音楽や、体制が堕落した現代音楽、あるいは特定の外国音楽は「退廃音楽」として弾圧の対象となりました。ユダヤ系作曲家のグスタフ・マーラー、アルノルト・シェーンベルク、フェリックス・メンデルスゾーンらの作品や活動は厳しく禁じられました。また、ナチスの思想と相容れないと見なされたアルバン・ベルク、ハンス・アイスラー、パウル・デッサウ、エルンスト・クルシェネクといった現代作曲家も排斥されました。帝国文化院への所属が音楽活動の必須条件であったため、ここから排除されることは、事実上の演奏・上演禁止を意味したのです。

音楽家は、自身が「アーリア人」であること、そして体制が「文化ボルシェヴィズム」（共産主義と結びつけられた堕落した現代芸術）と見なすものに関与していないことを証明するよう求められました。これにより、数多くのオーケストラ団員や大学の音楽教員が職を追われました。その多くは国外への亡命を選びましたが、一部は体制下での活動継続を模索しました。

1938年5月にはデュッセルドルフで体制主導の「帝国音楽週間」が開催されましたが、これと並行して、ユダヤ人音楽やシェーンベルクの十二音技法など、非ドイツ的・退廃的とレッテルを貼られた音楽を集めたプロパガンダ展覧会「退廃音楽展」も開催され、体制の音楽観が視覚的に示されました。

娯楽性の高い音楽としては、軽音楽やダンスミュージックが奨励されました。ラジオ放送時間の大部分を音楽番組が占め、これは大衆に好まれる娯楽を提供し、戦時下の困難から人々の気を紛らわせる目的も担っていました。ジャズも限定的には容認された時期がありましたが、特にアメリカ合衆国のジャズは「黒人音楽」として排斥され、アーヴィング・バーリンやエゴン・ウェルといったポピュラー音楽作曲家も同様に禁止されました。戦争の拡大に伴い、禁止対象リストは敵国の作曲家や外国人演奏家にも拡大しましたが、独ソ不可侵条約締結期間中には、ピョートル・チャイコフスキーやセルゲイ・プロコフィエフといったロシア人作曲家の作品が例外的に演奏されることもありました。

組織と主な人物

帝国音楽院は、音楽家の労働条件改善や経済的な支援を行うスポンサーとしての側面も持ち合わせていましたが、本質的には強力な統制・監視機関でした。初代総裁には国際的な名声を誇る作曲家リヒャルト・シュトラウス、副総裁には著名な指揮者ヴィルヘルム・フルトヴェングラーが任命されました。シュトラウスは、ユダヤ系ドイツ人である息子の妻とその子供たちを守るためにこの地位を引き受け、体制との一定の妥協を選んだとされますが、ユダヤ人作家シュテファン・ツヴァイクが台本を手がけたオペラ『無口な女』の上演を巡ってナチス当局と衝突し、1935年に総裁を辞任しました。その行動は戦後批判の対象ともなりました。一方、フルトヴェングラーも作曲家パウル・ヒンデミットの擁護を巡る「ヒンデミット事件」に関与し、1934年に副総裁を辞任しています。

シュトラウスの後任総裁にはペーター・ラーベが就任しましたが、宣伝大臣ゲッベルスとの対立が深く、1938年には辞任を申し出るも慰留されました。副総裁にはパウル・グレーナーを経て、作曲家ヴェルナー・エックが就任しました。しかし第二次世界大戦中、帝国音楽院の実質的な運営と指導は、宣伝省音楽局長を務めた指揮者ハインツ・ドレーヴェスが担っていたとされています。

帝国音楽院は、ナチス体制下でドイツの音楽文化をイデオロギー的に再構築し、多くの才能を抑圧・排除した歴史的な機関として記憶されています。

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