ネイト (衛星)

ネイト：幻の金星衛星

17世紀から19世紀にかけて、多くの天文学者によって観測が報告されながらも、その存在が否定された、金星の衛星「ネイト」。この謎めいた天体に関する知見を、歴史的観測記録を元に紐解いていきます。

発見から論争へ

ネイトの存在が最初に示唆されたのは、1672年、ジョヴァンニ・カッシーニによる観測でした。彼は金星の近くで小天体らしきものを発見しましたが、当初は特に注目していませんでした。しかし、1686年に再発見したことで、金星の衛星である可能性を発表、その後の研究の端緒となりました。

カッシーニの発表後、多くの天文学者たちがネイトの観測を試みました。1740年にはジェームズ・ショート、1759年にはアンドレアス・マイヤー、そして1761年にはジョゼフ＝ルイ・ラグランジュなど、著名な天文学者たちが観測報告を残しています。特に1761年には、5名の観測者から18回もの観測報告がなされました。中には、金星の太陽面通過時に太陽面に小さな点が観測されたという報告もありましたが、すべての観測者が同じ現象を確認したわけではありませんでした。その後も、1764年、1768年と観測報告が続き、1875年にはドイツの天文学者F.ショールも観測を試みたことが記録されています。

これらの観測から得られたネイトの推定物理的特性は、以下の通りです。

直径：金星の1/4（カッシーニ、1672年）
軌道傾斜：黄道面に対して直交（ラグランジュ、1761年）、または64°（ランベルト、1777年）
公転周期：11日3時間（ランベルト、1777年）
平均距離：金星の半径の66.5倍（ランベルト、1777年）

存在性の否定と真実に迫る

しかしながら、ネイトの存在を支持する観測報告の一方で、ウィリアム・ハーシェルをはじめ、多くの天文学者によってネイトは観測されませんでした。その存在は、長らく議論の的となりました。

1766年には、ウィーン天文台長のヘル神父が、観測者の眼球で反射した金星の像が、ネイトと誤認された可能性を示唆しました。これは、ネイトの観測結果が、実際には虚像であったという説です。

1884年には、ブリュッセル王立天文台長のウーゾーが、ネイトの公転周期が283日であると仮定し、過去の観測記録と整合性を主張しました。彼は、ネイトという名称をエジプト神話の女神からとって命名しました。しかし、ベルギー科学アカデミーは、過去の観測記録の多くがおうし座M星、オリオン座χ1星などの恒星と誤認されたものだと結論づけました。ランベルトが算出した軌道要素も、この結論によって否定されました。

1892年には、E・E・バーナードが金星の近くで7等星を発見しましたが、その位置にネイトは存在しませんでした。これらの研究結果を総合的に見ると、ネイトは金星の衛星ではなく、観測者の誤認であった可能性が高いと結論づけられています。

ネイトと現代天文学

現在、金星に衛星は存在しないとされています。しかし、2002年には、金星の準衛星である2002 VE68が発見されました。これは、金星の周りを回る軌道を持つ小惑星ですが、ネイトのような真の衛星ではありません。ネイトの研究は、観測技術の限界や、観測データの解釈における難しさなどを浮き彫りにした歴史的な事例と言えるでしょう。また、病的科学や仮説上の天体の研究においても、ネイトは重要な一例として挙げられています。

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