ネ・ウィン選挙管理内閣
ネ・ウィン選挙管理内閣は、1958年10月から1960年4月にかけて、当時のビルマ連邦（現ミャンマー）に存在した暫定政権です。この内閣は、第二次世界大戦後に独立を主導した反ファシスト人民自由連盟（AFPFL）が内部対立によって分裂し、国内の政治的混乱と治安悪化が進む中で樹立されました。
1950年代後半、AFPFLはウー・ヌとタキン・ティンが率いるグループと、バースエ、チョーニェインを中心とするグループとに分裂しました。1958年6月に召集された国会では、後者グループが提出した内閣不信任案がわずか8票差で否決されます。この際、ウー・ヌ派は左翼連合である国民統一戦線（NUF）の支持を得ましたが、NUFにはビルマ共産党（CPB）をはじめとする反乱軍と深いつながりがあると考えられていました。この状況を受け、AFPFLは正式に「清潔AFPFL」（ウー・ヌ派）と「安定AFPFL」（バースエ/チョーニェイン派）に分裂し、同年11月に予定されていた総選挙での対決姿勢を鮮明にしました。
しかし、ウー・ヌは不信任案否決で協力したNUFとの関係から、反乱軍への全面恩赦やCPBを含む全政党参加の国民会議開催といった妥協案を発表します。これはCPBを宿敵とする国軍にとって到底容認できるものではありませんでした。さらに、清潔AFPFL全国大会における内務大臣による国軍批判発言や、両派の私兵による全国各地での衝突発生が、治安を著しく悪化させました。このような混乱の中、一部の保守政治家や新興右派政党からは、事態収拾のために国軍による選挙管理内閣が不可欠であるとの声が公然と上がり始めました。
一方で、国軍内部でも北部軍管区司令官によるクーデター計画が持ち上がりますが、政府による察知と対策、そして国軍内部の対立危機が発生します。この危機を回避するため、国軍幹部のアウンジー准将とマウンマウン博士が介入し、最終的に1959年4月の選挙実施を条件に、ウー・ヌが国防軍総司令官ネ・ウィンに合法的に政権を移譲することで合意が成立しました。ネ・ウィン自身は政治に関わることに乗り気ではなかったとされますが、当時の世論は、長年の与党支配による停滞を打破する存在として、ネ・ウィン内閣の成立を歓迎しました。
政権樹立にあたり、ネ・ウィンとウー・ヌは、翌年4月末までの自由公正な選挙実施、管区ビルマの政党員を閣僚としないこと、官僚・国軍兵士による政治干渉や暴力の阻止、治安回復、中立政策の厳守などを書簡で約束しました。しかし、実際に発足した内閣は、首相のネ・ウィン以外は当初文民でしたが、その後多くの国軍将校が要職に就き、特に国防省や国家計画省など重要なポストが軍関係者に委ねられるなど、約束の一部は守られませんでした。
選挙管理内閣は、民政移管までの短期間に、治安回復、経済安定化、行政改革など多岐にわたる施策を強権的に実施しました。特に治安回復においては、反乱軍に対して大規模な軍事作戦を繰り返し実施し、多くの反乱軍兵士を殺傷または投降させました。また、違法な銃器の一斉取り締まり（刀狩り）を行い、政治家や有力者の私兵集団の解散を促し、暴力犯罪の急減に成功しました。これにより、1960年の総選挙は多くの選挙区で実施可能となりました。
思想統制も強化されました。特に反共政策は徹底され、ビルマ共産党の影響力を削ぐため、仏教への悪影響を説くパンフレットや、キリスト教徒向けの反共パンフレットが大量に配布されました。さらに、ココ島に共産主義者向け刑務所が建設され、多くの共産主義者が令状なしでの逮捕や、裁判なしでの長期拘留に処されました。報道機関への統制も強まり、政府新聞取締機構の移管や新聞登録法の改正を通じてメディアへの圧力が増し、多くの新聞社が閉鎖され、ジャーナリストが収容所に送られました。
経済面では、国軍が設立した国防サービス研究所（DSI）が急速に事業を拡大しました。銀行、海運、輸出入、ホテル、流通など様々な分野に進出し、国内で最も強力なビジネス組織へと成長しました。また、国軍兵士による生活必需品の輸送・販売や経済事犯の厳罰化により物価の安定化が図られました。
行政改革では、AFPFL政権下で蔓延していた情実人事や汚職に対処するため、政府や公団から政党員を追放し、代わりに国軍将校を登用しました。国民登録も精力的に進められ、短期間で多くの国民にIDカードが発行されましたが、仏教界からの反発を受けた僧侶の登録は成功しませんでした。
都市環境の改善にも取り組み、特にヤンゴンの劣悪な衛生・治安状況を改善するため「浄化キャンペーン」を実施し、多くの市民を動員してゴミ収集を行いました。また、不法占拠者の問題を解決するため、ヤンゴン郊外に衛星都市を建設し、大規模な移住を行いました。
さらに、長年の懸案であったシャン州やカレンニー州の土侯が持つ上院議員となる権利や課税権などの特権を、年金や一部の伝統的権力を残す形で廃止する合意を取り付けました。外交面では、中国との間で相互不可侵条約と国境協定に署名しました。この国境画定は、一部地域の交換を伴いながらも、概ねミャンマーにとって有利な内容であり、史上初めて中国との合意に基づいた国境線を確定させた重要な成果でした。
当初、選挙管理内閣は1959年4月末までの選挙実施を公約していましたが、国内外の情勢からその実現は困難となり、ネ・ウィンは国会で総辞職の意向を示し、非議員の政権担当期間を延長するための憲法改正を要請しました。この要請は可決され、ネ・ウィンは首相に再選されました。
政権継続の可能性も取り沙汰されましたが、国軍の急進的な改革手法や一部兵士の振る舞いが国民の間で不評を買っていることが陸軍心理局の世論調査で明らかになります。国軍の評判低下を避けるため、ネ・ウィンは1960年4月に予定通り民政移管を行いました。この平和的な政権移譲は国際的にも評価され、ネ・ウィンはマグサイサイ賞候補に挙げられましたが、辞退しています。選挙管理内閣の活動の詳細は、後に『信頼は立証されたか？』と題された報告書にまとめられました。
ネ・ウィン選挙管理内閣は、短期間ながらもミャンマー社会に大きな変化をもたらし、特に国軍の政治・経済への影響力を決定的に拡大させる転換期となりました。
1950年代後半、AFPFLはウー・ヌとタキン・ティンが率いるグループと、バースエ、チョーニェインを中心とするグループとに分裂しました。1958年6月に召集された国会では、後者グループが提出した内閣不信任案がわずか8票差で否決されます。この際、ウー・ヌ派は左翼連合である国民統一戦線（NUF）の支持を得ましたが、NUFにはビルマ共産党（CPB）をはじめとする反乱軍と深いつながりがあると考えられていました。この状況を受け、AFPFLは正式に「清潔AFPFL」（ウー・ヌ派）と「安定AFPFL」（バースエ/チョーニェイン派）に分裂し、同年11月に予定されていた総選挙での対決姿勢を鮮明にしました。
しかし、ウー・ヌは不信任案否決で協力したNUFとの関係から、反乱軍への全面恩赦やCPBを含む全政党参加の国民会議開催といった妥協案を発表します。これはCPBを宿敵とする国軍にとって到底容認できるものではありませんでした。さらに、清潔AFPFL全国大会における内務大臣による国軍批判発言や、両派の私兵による全国各地での衝突発生が、治安を著しく悪化させました。このような混乱の中、一部の保守政治家や新興右派政党からは、事態収拾のために国軍による選挙管理内閣が不可欠であるとの声が公然と上がり始めました。
一方で、国軍内部でも北部軍管区司令官によるクーデター計画が持ち上がりますが、政府による察知と対策、そして国軍内部の対立危機が発生します。この危機を回避するため、国軍幹部のアウンジー准将とマウンマウン博士が介入し、最終的に1959年4月の選挙実施を条件に、ウー・ヌが国防軍総司令官ネ・ウィンに合法的に政権を移譲することで合意が成立しました。ネ・ウィン自身は政治に関わることに乗り気ではなかったとされますが、当時の世論は、長年の与党支配による停滞を打破する存在として、ネ・ウィン内閣の成立を歓迎しました。
政権樹立にあたり、ネ・ウィンとウー・ヌは、翌年4月末までの自由公正な選挙実施、管区ビルマの政党員を閣僚としないこと、官僚・国軍兵士による政治干渉や暴力の阻止、治安回復、中立政策の厳守などを書簡で約束しました。しかし、実際に発足した内閣は、首相のネ・ウィン以外は当初文民でしたが、その後多くの国軍将校が要職に就き、特に国防省や国家計画省など重要なポストが軍関係者に委ねられるなど、約束の一部は守られませんでした。
選挙管理内閣は、民政移管までの短期間に、治安回復、経済安定化、行政改革など多岐にわたる施策を強権的に実施しました。特に治安回復においては、反乱軍に対して大規模な軍事作戦を繰り返し実施し、多くの反乱軍兵士を殺傷または投降させました。また、違法な銃器の一斉取り締まり（刀狩り）を行い、政治家や有力者の私兵集団の解散を促し、暴力犯罪の急減に成功しました。これにより、1960年の総選挙は多くの選挙区で実施可能となりました。
思想統制も強化されました。特に反共政策は徹底され、ビルマ共産党の影響力を削ぐため、仏教への悪影響を説くパンフレットや、キリスト教徒向けの反共パンフレットが大量に配布されました。さらに、ココ島に共産主義者向け刑務所が建設され、多くの共産主義者が令状なしでの逮捕や、裁判なしでの長期拘留に処されました。報道機関への統制も強まり、政府新聞取締機構の移管や新聞登録法の改正を通じてメディアへの圧力が増し、多くの新聞社が閉鎖され、ジャーナリストが収容所に送られました。
経済面では、国軍が設立した国防サービス研究所（DSI）が急速に事業を拡大しました。銀行、海運、輸出入、ホテル、流通など様々な分野に進出し、国内で最も強力なビジネス組織へと成長しました。また、国軍兵士による生活必需品の輸送・販売や経済事犯の厳罰化により物価の安定化が図られました。
行政改革では、AFPFL政権下で蔓延していた情実人事や汚職に対処するため、政府や公団から政党員を追放し、代わりに国軍将校を登用しました。国民登録も精力的に進められ、短期間で多くの国民にIDカードが発行されましたが、仏教界からの反発を受けた僧侶の登録は成功しませんでした。
都市環境の改善にも取り組み、特にヤンゴンの劣悪な衛生・治安状況を改善するため「浄化キャンペーン」を実施し、多くの市民を動員してゴミ収集を行いました。また、不法占拠者の問題を解決するため、ヤンゴン郊外に衛星都市を建設し、大規模な移住を行いました。
さらに、長年の懸案であったシャン州やカレンニー州の土侯が持つ上院議員となる権利や課税権などの特権を、年金や一部の伝統的権力を残す形で廃止する合意を取り付けました。外交面では、中国との間で相互不可侵条約と国境協定に署名しました。この国境画定は、一部地域の交換を伴いながらも、概ねミャンマーにとって有利な内容であり、史上初めて中国との合意に基づいた国境線を確定させた重要な成果でした。
当初、選挙管理内閣は1959年4月末までの選挙実施を公約していましたが、国内外の情勢からその実現は困難となり、ネ・ウィンは国会で総辞職の意向を示し、非議員の政権担当期間を延長するための憲法改正を要請しました。この要請は可決され、ネ・ウィンは首相に再選されました。
政権継続の可能性も取り沙汰されましたが、国軍の急進的な改革手法や一部兵士の振る舞いが国民の間で不評を買っていることが陸軍心理局の世論調査で明らかになります。国軍の評判低下を避けるため、ネ・ウィンは1960年4月に予定通り民政移管を行いました。この平和的な政権移譲は国際的にも評価され、ネ・ウィンはマグサイサイ賞候補に挙げられましたが、辞退しています。選挙管理内閣の活動の詳細は、後に『信頼は立証されたか？』と題された報告書にまとめられました。
ネ・ウィン選挙管理内閣は、短期間ながらもミャンマー社会に大きな変化をもたらし、特に国軍の政治・経済への影響力を決定的に拡大させる転換期となりました。
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