ノヴゴロド第一年代記

ノヴゴロド第一年代記（ロシア語: Новгородская первая летопись）は、ルーシに伝わる年代記の中でも特に古く、商業都市として栄えたノヴゴロドで編纂されたものとしては現存最古の史料です。この年代記は、初期の年代記編纂のあり方を多く残しており、ノヴゴロド公国（後のノヴゴロド共和国）だけでなく、キエフ・ルーシ全体の歴史を知る上で極めて重要な位置を占めています。また、『原初年代記』と並び、ルーシの諸年代記（レートピシ）の原型を研究するための基礎資料としても不可欠な存在です。

内容と特徴

この年代記に記されている出来事は、現存する部分では1016年から始まり、15世紀に至るまで広範囲に及びます（1016年以前の記述は失われています）。内容は多岐にわたりますが、特に地元ノヴゴロドに関する詳細な記述が豊富です。例えば、ノヴゴロド公の就任、教会指導者である総主教や都市の要職であるポサードニク（執政官）、トィシャツキー（千人長）の選出、教会の建立や修道院の配置といった宗教・政治に関する出来事、ノヴゴロド市民が関わった軍事行動、さらには異常気象、大火、伝染病といった災害に至るまで、都市生活の実情が生き生きと伝えられています。

一方で、ノヴゴロド公国以外の出来事、例えば1204年の第4回十字軍によるコンスタンティノープル包囲、1218年のリャザン公国の内紛（イサドィ諸公会議）、そして1223年のモンゴル帝国軍とルーシ諸公国軍の衝突であるカルカ河畔の戦いとその後のモンゴル侵攻（ノヴゴロド自体は直接攻撃されませんでした）など、広範な地域の歴史的な事件にも言及しています。これらの外部の出来事に関する記述は、おそらくノヴゴロドに伝わった口頭による情報や、他のルーシの年代記から取り入れられたものと考えられています。ウラジーミルの年代記を参照したと確定できる記述も一部ありますが、失われたキエフの年代記を情報源とした可能性も指摘されています。さらに、ビザンツの歴史家ゲオルギオス・アマルトロスの年代記からの抜粋や、『原初年代記』には見られない独自の史料に基づく記述も見られます。

年代記の編纂者は特定されていません。しかし、ノヴゴロドのユリエフ修道院に仕えた寺男ティモフェイが、ウラジーミル大公ヤロスラフとの条約や1230年の出来事について、自ら記述を加えた人物であるとされています。

暦法に関しては、研究者のN.ベレジコフによると、13世紀以前の記述では「マルトフスキー・スティリ」（三月暦）が使用されていませんが、それ以降の記述には例外的にこの暦法による年次の区分が見られます。

写本

ノヴゴロド第一年代記の写本は、大きく二つの系統に分類されます。一つは「古輯本（Older Recension）」系統、もう一つは「新輯本（Younger Recension）」系統です。

古輯本系統

この系統には、ロシアに現存する年代記写本の中で最も古いとされるシノド本が含まれます。シノド本は羊皮紙に書かれており、現在はロシア国立歴史博物館に所蔵されています。しかし、当初37分冊あったものの、最初の16分冊（1016年より前の記述を含む）と、途中の1273年から1298年に関する記述が失われており、現在のシノド本は1016年の途中から始まっています。筆跡の研究から、1016年から1234年までの部分は13世紀に、1234年から1330年までの部分は14世紀前半に書写され、1331年から1352年に関する記述は14世紀の第2四半期に別の筆跡で追記されたことが分かっています。羊皮紙の質や朱砂（赤インク）の使用法なども、書写時期の特定に役立っています。

新輯本系統

新輯本系統に属する写本は、15世紀から19世紀にかけて作成されたものが9点現存しています。この系統で最も古いものとされるのが、1440年代に編纂されたコミッシヤ本（サンクトペテルブルク歴史研究所蔵）とアカデミヤ本（ロシア科学アカデミー図書館蔵）です。コミッシヤ本は、1439年までの記述と1446年までの記述が、それぞれ異なる筆跡と用紙で書かれています。アカデミヤ本は末尾の部分が失われていますが、18世紀の複写本から、1444年までの出来事が記されていたと考えられています。古輯本と同様に、新輯本系統の写本も、多くは11世紀より前の記述が欠落しています。

研究史と仮説

ノヴゴロド第一年代記の成立過程については、多くの研究が行われてきました。A.シャフマトフは、原ノヴゴロド第一年代記が1039年から1042年の間に、キエフの年代記を基に編纂され、1079年まで断続的に加筆されたという説を提唱しました。また、彼は1090年代に「始年代記集成」が存在し、これがノヴゴロド第一年代記と『原初年代記』の両方の核となったという仮説も唱えましたが、この「始年代記集成」の記述が後の写本で『原初年代記』の記述に書き換えられたとする説は、現在では広く支持されていません。

近年では、A.ギッピウスやT.ギモンらが、12世紀から14世紀にかけて編纂されたノヴゴロド・ヴラドィカ（総主教）年代記を基に、12世紀から15世紀前半にかけて古輯本と新輯本が形成されたと論じています。彼らの見解では、古輯本のシノド本はノヴゴロド・ヴラドィカ年代記の古い版を、新輯本系統はより新しい複写を元に構成されたと考えられています。

ノヴゴロド第一年代記は、その断片的な性質や複数の写本系統が存在する複雑さにもかかわらず、中世ルーシ、特にノヴゴロドの社会、政治、文化、そして日常を知る上で他に類を見ない貴重な史料であり、今なお活発な研究が続けられています。

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