ノードラー商会

M.ノードラー商会：アメリカ最古の画廊の栄光と終焉

M.ノードラー商会は、1846年にニューヨークで創業したアメリカ合衆国で最も歴史のある画廊の一つでした。165年の長きにわたり、美術界に大きな影響を与えましたが、2011年に贋作スキャンダルが発覚し、突如として閉店しました。ここでは、その輝かしい歴史と、終焉に至るまでの経緯を詳しく解説します。

創業と発展

ノードラー商会の起源は、1846年にフランスの画商グーピル商会がニューヨークに出店したことに遡ります。ドイツ出身のマイケル・ノードラーは1844年にグーピル商会に入社し、1852年にはニューヨーク店の責任者となりました。1857年にはグーピルの米国における権利を買い取り独立。その後、3人の息子と共に事業を拡大しました。

ノードラーは、チャールズ・カーステアズとともに、ピッツバーグ、ロンドン、パリにも支店を開設。カーステアズはオールドマスター絵画の画商として高い評価を得ており、富豪や美術館との取引を通じて、ノードラー商会はアメリカ国内の英国美術マーケットで確固たる地位を築きました。特に、ロンドンのコルナギ画廊との提携は、ヨーロッパの優れた絵画をアメリカの富裕層に販売する上で大きな成功をもたらしました。

また、ノードラー商会は、ベルリンのマシーセン画廊とともに、1920年代から1930年代にかけて、エルミタージュ美術館にあった帝政ロシア時代のコレクションをソ連政府が秘密裏に販売した事件にも深く関与しました。

経営者の変遷と現代美術への移行

ローランド・ノードラーが1928年に引退した後、経営は甥のチャールズ・ヘンシェルらに引き継がれました。その後、1971年には事業家でコレクターのアーマンド・ハマーが買収。1970年代後半からは、現代美術を扱うようになりました。ハマーの死後、ハマー財団が経営権を握り、マイケル・アーマンド・ハマーが会長を務めました。

店舗の変遷と150周年記念展

ノードラー商会は、ブロードウェイでの創業以来、何度も移転を繰り返しました。1911年にはカレール&ヘイスティングズが設計した5番街のビルに移転。1970年にはルネッサンス様式のタウンハウスを改装し、新たな拠点としました。

1996年には、150周年を記念した回顧展を開催。ジョン・シングルトン・コプリーの『ワトソンとサメ』、トーマス・イーキンスの『音楽』、エドゥアール・マネの『プラム』など、著名な美術館から名作を借り受けて展示し、商業画廊として画期的な催しとなりました。

ナチス略奪美術品とその返還

ノードラー商会は、ナチスが略奪した絵画に関する訴訟にも関与しています。マティスの絵画やエル・グレコの『紳士の肖像画』など、ナチスに略奪された作品がノードラー商会を経由して市場に出回ったことが判明し、訴訟の結果、本来の所有者に返還されました。

贋作スキャンダルと閉店

2009年、画廊の代表であったアン・フリードマンは、贋作を販売しているという噂が広まる中で退任しました。その後の調査で、フリードマンが経営していた1994年から2011年にかけて、ロバート・マザウェル、ジャクソン・ポロック、マーク・ロスコなどの贋作が販売されていたことが明らかになりました。

フリードマンは、グラフィラ・ロザレスという画商から贋作を購入していましたが、ロザレスはペイ＝シェン・キアンという人物に贋作を製作させていました。キアンは、ニューヨークのガレージで贋作を製作し、ロザレスを通じてノードラー商会に販売。ロザレスはこれを数百万ドルで売りさばいていました。

2011年11月28日、ノードラー商会は「ビジネス上の理由により永久に閉店する」と発表。165年の歴史に幕を閉じました。その後、FBIの調査により、ロザレスがノードラー商会に少なくとも2ダースの絵画を供給していたことが判明しました。ロザレスは詐欺、マネーロンダリング、脱税の罪で起訴され、有罪を認めました。偽造を行ったキアンは中国に逃亡しました。

訴訟

贋作スキャンダルに関連して、ノードラー商会は複数の訴訟を抱えることになりました。ジャクソン・ポロックやマーク・ロスコの絵画を購入した顧客が、購入した作品が贋作であるとして、ノードラー商会を訴えました。これらの訴訟の多くは、示談によって解決しています。

古文書類

2012年、ゲティ研究所はノードラー商会の1850年から1971年までの古文書を買い取りました。これらの文書はデジタル化され、オンラインで閲覧できるようになっています。古文書には、画廊の運営に関する記録、顧客や芸術家とのやり取り、顧客カードファイル、写真、印刷物などが含まれており、美術史研究において貴重な資料となっています。

M.ノードラー商会は、アメリカ美術史において重要な役割を果たした画廊でしたが、贋作スキャンダルによってその輝かしい歴史に泥を塗ることとなりました。この事件は、美術市場における倫理と信頼の重要性を改めて認識させる出来事となりました。

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