ノー・リーズン・トゥ・クライ

エリック・クラプトンが1976年に発表したスタジオ・アルバム、『ノー・リーズン・トゥ・クライ』（No Reason to Cry）は、彼のキャリアの中でも特に豪華なゲストが集結したことで知られる作品です。制作の舞台となったのは、アメリカ、カリフォルニア州マリブに位置する、ザ・バンドが所有していた伝説的なシャングリ・ラ・スタジオ。ここでは、文字通り膨大な数のミュージシャンたちが集い、活発なセッションが繰り返されました。

本作の大きな特徴は、そのレコーディング体制にあります。公式なアルバム・クレジットでは、ザ・バンドなどを手がけたことのあるロブ・フラボニがプロデューサーとして記載されています。しかし、実際にはレコーディング・セッションの大部分は、エリック・クラプトン自身と、長年にわたり彼のバンドを支えたベーシスト、カール・レイドルが主導しました。フラボニは制作過程の比較的後半から参加したと言われています。この事実からも、本作が一般的なスタジオ録音というよりは、親しい仲間たちとのリラックスしたセッションから生まれた性格が強いことがうかがえます。

ゲスト・ミュージシャンの顔ぶれはまさに圧巻です。特に注目すべきは、スタジオの主であるザ・バンドの全メンバーが参加している点でしょう。ロビー・ロバートソン、リチャード・マニュエル、ガース・ハドソン、リック・ダンコ、リヴォン・ヘルムといった伝説的なメンバーたちが、クラプトンとの共演を果たしています。

さらに、このアルバムのハイライトの一つとして挙げられるのが、ボブ・ディランの参加です。ディランは自身が書き下ろした楽曲「サイン・ラングウィッヂ」を提供しただけでなく、その曲でボーカルも披露しています。このセッションの際、ディランは「セヴン・デイズ」という別の素晴らしい楽曲も用意していましたが、残念ながら本作には収録されませんでした。しかし、スタジオに居合わせたギタリストのロン・ウッド（ローリング・ストーンズ）がこの曲を気に入り、後に自身のソロ・アルバム『ギミ・サム・ネック』（1979年）で取り上げるという興味深いエピソードが生まれました。

この時期のセッションからは、アルバム未収録となった貴重な音源も数多く存在します。中には、ヴァン・モリソンやピート・タウンゼント（ザ・フー）といった、これまた音楽史に名を刻む大物アーティストが参加した楽曲も録音されていたことが知られており、このセッションの豊かさと広がりを示唆しています。

アルバムからは、「ハロー・オールド・フレンド」が先行シングルとして発表され、全米シングルチャートで24位を記録するヒットとなりました。この曲は、後のクラプトンのライブでも度々演奏される代表曲の一つとなります。

最終的にアルバムに収録されたのは10曲（後にCD化された際にボーナス・トラックとして「ラスト・ナイト」が追加され、計11曲）です。収録曲には、クラプトン自身の作曲によるものに加え、ザ・バンドのリック・ダンコとリチャード・マニュエルによる「ビューティフル・シング」や、ボブ・ディランの提供曲、そしてオーティス・ラッシュのブルース・スタンダード「ダブル・トラブル」のカバーなど、バラエティ豊かな楽曲が含まれています。

本作に参加したミュージシャンは非常に多岐にわたります。主要なメンバーであるエリック・クラプトン（ギター、ボーカル）、ジョージ・テリー（ギター）、ディック・シムズ（キーボード）、カール・レイドル（ベース）、ジェイミー・オールディカー（ドラム）に加え、先に触れたザ・バンドのメンバーやボブ・ディラン、ロン・ウッドの他、イヴォンヌ・エリマン、マーシー・レヴィ（ボーカル）、ジェシ・エド・デイヴィス、メルヴィン・ワー・ワー・ワトソン（ギター）、ビリー・プレストン、ジョージィ・フェイム、アルビー・ガルテン（キーボード）、テリー・ダンコ、セルジオ・ロドリゲス、ラルフ・モス（パーカッション）、ボビー・エリス（トランペット）といった錚々たる顔ぶれが名を連ねています。彼らの自由な相互作用が、このアルバム特有のリラックスしつつも深みのあるサウンドを生み出しました。

『ノー・リーズン・トゥ・クライ』は、単なるエリック・クラプトンのソロ・アルバムという枠を超え、1970年代半ばのロック・シーンを彩った才能豊かなミュージシャンたちが一堂に会した、歴史的なセッションの記録としても価値のある一枚と言えるでしょう。

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