ハイポコースト

ハイポコースト：古代ローマのセントラルヒーティング

ハイポコースト（hypocaustum）は、古代ローマで使用されていたセントラルヒーティングシステムです。その語源はギリシャ語の「hypo（下）」と「kaiein（燃やす）」に由来し、「下から熱する」という意味を持ちます。ゼルギウス・オラタが発明者とされていますが、確証はありません。

ハイポコーストの仕組み

ハイポコーストは、主に公衆浴場や個人の邸宅で使用されました。床下を「pilae stacks」と呼ばれる柱で持ち上げ、床下と壁の内部に空間を設けます。炉（praefurnium）で発生させた熱気と煙をこれらの空間に通し、屋根付近の排気口から排出することで、室内を暖めます。この方式では、室内の空気を汚染することなく暖房が可能です。また、壁の中には中空の四角いタイルを配置し、熱気の通路として利用すると同時に、壁からも部屋を暖める工夫が凝らされていました。

暖房効果を高めるために、暖めたい部屋を炉の近くに配置したり、燃料の投入量を調整したりしていました。しかし、ハイポコーストの維持には、火の管理を行うための労働力が必要不可欠であり、多くの召使を抱える富裕層の邸宅や公衆浴場でのみ利用されていました。

ウィトルウィウスは、紀元前25年頃にゼルギウス・オラタが考案したハイポコーストの構造と運用方法について詳細に記述しています。彼は、公衆浴場の高温浴室（カルダリウム）や微温浴室（テピダリウム）の効率的な配置や、燃料の補給方法などを解説しました。また、ドーム型天井に設置された青銅製の換気装置による温度調整についても詳しく述べています。

ローマ建築におけるハイポコーストは、ヨーロッパ、西アジア、北アフリカの各地の遺跡で確認されています。このシステムは、ローマ市民の衛生環境と住環境の向上に大きく貢献し、古代ローマにおける重要な発明の一つとされています。現代のセントラルヒーティングの原型とも言えるでしょう。

ローマ帝国衰退後のハイポコースト

ローマ帝国の衰退とともに、ハイポコーストの使用も廃れていきました。特に、帝国の周辺地域ではその傾向が顕著でした。例えば、イギリスでは400年頃から1900年頃までセントラルヒーティングは普及せず、温かい風呂に入ることも稀でした。しかし、地中海沿岸地域では比較的長くハイポコーストが使用され、ウマイヤ朝の王族も利用していました。12世紀になると、イスラム世界の技術者や発明家によって、より高度な床暖房システムが開発され、ハイポコーストは次第に取って代わられました。

ハイポコーストから派生した「gloria」という暖房システムは、薪を燃やし尽くした後に空気取り入れ口を閉じて熱気を閉じ込める方式で、近代的な暖房設備が登場するまでカスティーリャ地方で使用されていました。

オンドルとの類似性

興味深いことに、朝鮮半島にはハイポコーストとよく似た「オンドル」という暖房システムが存在します。オンドルは、台所の竃（かまど）から出る熱気を床下に引き込み、居室を暖めるという仕組みを持っています。

ハイポコーストは、古代ローマの技術力を示すとともに、人々の生活を快適にするための知恵が詰まった発明品です。

関連項目

オンドル
ウィトルウィウス
浴室
床暖房

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