ハイリッヒ・ミサ
フランツ・ヨーゼフ・ハイドンが1796年に手がけたミサ曲『ハイリッヒ・ミサ 変ロ長調』Hob.XXII:10は、彼の晩年を飾る傑作群、いわゆる後期六大ミサ曲の一つに数えられます。ドイツ語では「Heiligmesse」と呼ばれ、その名は特徴的な箇所に由来しています。
このミサ曲の正式名称は『オッフィダの聖ベルナルドのミサ』(Missa Sancti Bernardi von Offida)といいます。これは、1795年5月19日に列福された17世紀のカプチン・フランシスコ修道会士、オッフィダのベルナルドに捧げられたものであるためです。なぜこの名が付けられたかというと、彼の聖名祝日である9月11日が、当時のパトロンであったエステルハージ侯爵ニコラウス2世の夫人、マリア・ヘルメンギルデの聖名祝日（9月8日）に近い日付だったからです。ハイドンはこの二人の人物を同時に称える目的で、このミサ曲をアイゼンシュタットのベルク教会で初演しました。
曲名に含まれる「ハイリッヒ（Heilig）」は、ドイツ語で「聖なる」を意味し、ラテン語の「サンクトゥス（Sanctus）」にあたります。この愛称がつけられたのは、曲中のサンクトゥス楽章に、オーストリアで古くから親しまれてきた教会音楽「Heilig, heilig, heilig, du bist allzeit heilig」（聖なる、聖なる、聖なる、汝は常に聖なり）の旋律が引用されていることによります。
興味深いことに、ハイドンは同じ1796年に別の傑作ミサ曲『戦時のミサ』も作曲しています。どちらが先に書かれたかについては、音楽学者の間で長らく議論が続いています。ジェームズ・ウェブスターなどの研究者は、『ハイリッヒ・ミサ』の方が先に完成し、『戦時のミサ』は1796年秋以降に作曲され、同年12月26日にウィーンで初演されたという見解を示しています。
このミサ曲は、声楽陣としてソプラノ、アルト、テノール、バスの各独唱者と、4部合唱を要求します。オーケストラの編成は、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、トランペット2、ティンパニに弦楽器とオルガンが加わります。一部資料ではホルン2も含まれることがあります。これは当時の古典派オーケストラとしては比較的充実した編成であり、後のロマン派音楽への橋渡しとなるような響きを持っています。
ハイドンの後期ミサ曲に共通する特徴として、大規模で劇的な表現が見られます。この『ハイリッヒ・ミサ』も例外ではありません。
荘厳なアダージョの序奏で幕を開けます。この序奏に続く主部（アレグロ・モデラート、3拍子）は、ソナタ形式に類する構成を持ち、穏やかな雰囲気で始まります。展開部にあたる「クリステ」の部分は比較的短いものの、「キリエ」の旋律と対位法的に絡み合い、緊密な音楽を展開します。
合唱とオーケストラが華やかに応答し合う部分で始まります。続く「Gratias agimus tibi」（感謝します）は3拍子となり、独唱者たちが穏やかに歌い上げます。「Qui tollis peccata mundi」（世の罪を取り除く者よ）の部分では、複雑な対位法の技法が駆使され、音楽的な深みが増します。「Quoniam tu solus Sanctus」（なぜならば、汝だけが聖）からは再び合唱が主導する華やかな音楽に戻り、堂々たるアーメン・フーガで締めくくられます。
この楽章は2⁄2拍子の力強い下降分散和音で開始されます。「Et incarnatus est de Spiritu Sancto」（聖霊によって受肉し）の部分は、独唱者たちが中心となり、3拍子の穏やかな音楽となります。特に伴奏の弦楽器のピッツィカートやクラリネットの響きが印象的です。「Crucifixus etiam pro nobis」（我らのために十字架につけられ）で曲調は短調へと転じます。「Et resurrexit tertia die」（三日目に復活し）も最初は暗い響きを残しますが、テンポは速まります。そして「et vitam venturi saeculi」（来世の命を）に至ると、輝かしいアーメン・フーガに突入し、楽章を力強く終えます。
楽章冒頭、愛称の由来となった古い教会音楽の旋律が、最初は内声部に控えめに置かれますが、すぐに聞き取ることができます。その後、すぐに「Pleni sunt coeli et terra」（天地は主の栄光に満ち）の高速な部分に移行し、短くも力強いホザンナ・コーラスで結ばれます。全体として非常にコンパクトな楽章です。
この楽章は主に合唱によって歌われ、伴奏は弦楽器が中心となります。曲調は全体を通して穏やかで、続く「Hosanna in excelsis」（いと高きところにホザンナ）の部分でも、その落ち着いた雰囲気は変わりません。
3拍子で、短調の静かな祈りとして始まります。「Agnus Dei, qui tollis peccata mundi, dona nobis pacem」（世の罪を取り除く神の子羊よ、我らに平和を与え給え）の後半、「Dona nobis pacem」の部分からは、ティンパニや金管楽器が加わり、音楽は華やかに盛り上がります。これは平和への強い願いが表現された、劇的なクライマックスとなります。
この『ハイリッヒ・ミサ』は、ハイドンが円熟期に到達した技法と、深い宗教感情が融合した作品であり、彼のミサ曲の中でも特に親しまれている一曲です。
名称と背景
このミサ曲の正式名称は『オッフィダの聖ベルナルドのミサ』(Missa Sancti Bernardi von Offida)といいます。これは、1795年5月19日に列福された17世紀のカプチン・フランシスコ修道会士、オッフィダのベルナルドに捧げられたものであるためです。なぜこの名が付けられたかというと、彼の聖名祝日である9月11日が、当時のパトロンであったエステルハージ侯爵ニコラウス2世の夫人、マリア・ヘルメンギルデの聖名祝日（9月8日）に近い日付だったからです。ハイドンはこの二人の人物を同時に称える目的で、このミサ曲をアイゼンシュタットのベルク教会で初演しました。
曲名に含まれる「ハイリッヒ（Heilig）」は、ドイツ語で「聖なる」を意味し、ラテン語の「サンクトゥス（Sanctus）」にあたります。この愛称がつけられたのは、曲中のサンクトゥス楽章に、オーストリアで古くから親しまれてきた教会音楽「Heilig, heilig, heilig, du bist allzeit heilig」（聖なる、聖なる、聖なる、汝は常に聖なり）の旋律が引用されていることによります。
作曲時期に関する考察
興味深いことに、ハイドンは同じ1796年に別の傑作ミサ曲『戦時のミサ』も作曲しています。どちらが先に書かれたかについては、音楽学者の間で長らく議論が続いています。ジェームズ・ウェブスターなどの研究者は、『ハイリッヒ・ミサ』の方が先に完成し、『戦時のミサ』は1796年秋以降に作曲され、同年12月26日にウィーンで初演されたという見解を示しています。
編成
このミサ曲は、声楽陣としてソプラノ、アルト、テノール、バスの各独唱者と、4部合唱を要求します。オーケストラの編成は、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、トランペット2、ティンパニに弦楽器とオルガンが加わります。一部資料ではホルン2も含まれることがあります。これは当時の古典派オーケストラとしては比較的充実した編成であり、後のロマン派音楽への橋渡しとなるような響きを持っています。
音楽的な特徴：各楽章の概観
ハイドンの後期ミサ曲に共通する特徴として、大規模で劇的な表現が見られます。この『ハイリッヒ・ミサ』も例外ではありません。
Kyrie (キリエ)
荘厳なアダージョの序奏で幕を開けます。この序奏に続く主部（アレグロ・モデラート、3拍子）は、ソナタ形式に類する構成を持ち、穏やかな雰囲気で始まります。展開部にあたる「クリステ」の部分は比較的短いものの、「キリエ」の旋律と対位法的に絡み合い、緊密な音楽を展開します。
Gloria (グローリア)
合唱とオーケストラが華やかに応答し合う部分で始まります。続く「Gratias agimus tibi」（感謝します）は3拍子となり、独唱者たちが穏やかに歌い上げます。「Qui tollis peccata mundi」（世の罪を取り除く者よ）の部分では、複雑な対位法の技法が駆使され、音楽的な深みが増します。「Quoniam tu solus Sanctus」（なぜならば、汝だけが聖）からは再び合唱が主導する華やかな音楽に戻り、堂々たるアーメン・フーガで締めくくられます。
Credo (クレド)
この楽章は2⁄2拍子の力強い下降分散和音で開始されます。「Et incarnatus est de Spiritu Sancto」（聖霊によって受肉し）の部分は、独唱者たちが中心となり、3拍子の穏やかな音楽となります。特に伴奏の弦楽器のピッツィカートやクラリネットの響きが印象的です。「Crucifixus etiam pro nobis」（我らのために十字架につけられ）で曲調は短調へと転じます。「Et resurrexit tertia die」（三日目に復活し）も最初は暗い響きを残しますが、テンポは速まります。そして「et vitam venturi saeculi」（来世の命を）に至ると、輝かしいアーメン・フーガに突入し、楽章を力強く終えます。
Sanctus (サンクトゥス)
楽章冒頭、愛称の由来となった古い教会音楽の旋律が、最初は内声部に控えめに置かれますが、すぐに聞き取ることができます。その後、すぐに「Pleni sunt coeli et terra」（天地は主の栄光に満ち）の高速な部分に移行し、短くも力強いホザンナ・コーラスで結ばれます。全体として非常にコンパクトな楽章です。
Benedictus (ベネディクトゥス)
この楽章は主に合唱によって歌われ、伴奏は弦楽器が中心となります。曲調は全体を通して穏やかで、続く「Hosanna in excelsis」（いと高きところにホザンナ）の部分でも、その落ち着いた雰囲気は変わりません。
Agnus Dei (アニュス・デイ)
3拍子で、短調の静かな祈りとして始まります。「Agnus Dei, qui tollis peccata mundi, dona nobis pacem」（世の罪を取り除く神の子羊よ、我らに平和を与え給え）の後半、「Dona nobis pacem」の部分からは、ティンパニや金管楽器が加わり、音楽は華やかに盛り上がります。これは平和への強い願いが表現された、劇的なクライマックスとなります。
この『ハイリッヒ・ミサ』は、ハイドンが円熟期に到達した技法と、深い宗教感情が融合した作品であり、彼のミサ曲の中でも特に親しまれている一曲です。
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