ハメンクブウォノ9世

ハメンクブウォノ9世（Hamengku Buwono IX, 1912年4月12日 - 1988年10月1日）は、ジョクジャカルタ特別州の知事、ジョクジャカルタの9代目スルタン、そしてインドネシア共和国の第2代副大統領という、多岐にわたる要職を歴任した人物です。スハルト政権下において、その指導力と国民からの信頼は非常に厚く、インドネシアの歴史において重要な役割を果たしました。彼は、4人の妻との間に19人の子をもうけました。

生い立ちと教育

ハメンクブウォノ9世は、皇太子時代のハメンクブウォノ8世と妃ランディンアジェンクスティラの間に、ジョクジャカルタのソンピランで誕生しました。3歳で父がスルタンに即位すると同時に皇太子となり、4歳からはオランダの家庭で育てられました。その後、1931年にオランダのライデン大学に入学し、インドネシア研究と経済学を専攻、1939年にインドネシアへ帰国しました。このオランダでの経験は、彼の思想形成に大きな影響を与えたと考えられています。

スルタンとしての即位と改革

1939年10月、父ハメンクブウォノ8世の死去に伴い、1940年3月18日に正式に即位しました。彼の正式名は「Sampeyan Dalem Ingkang Sinuwun Kanjeng Sultan Hamengkubuwono Senopati Ing Alogo Ngabdurrakhman Sayidin Panotogomo Kholifatullah Ingkang Kaping Songo」です。戴冠式のスピーチでは、自らのルーツがジャワにあることを強調し、西洋の教育を受けてもジャワ人としてのアイデンティティを忘れないと語りました。スルタンとして、彼は村長への権限委譲や近代的な法廷の管理、時代遅れとなった伝統儀式の廃止など、民主的な改革を積極的に推し進めました。

インドネシア独立戦争での貢献

1945年8月17日、インドネシア独立宣言直後、ハメンクブウォノ9世は自らの領地をインドネシアに併合することを宣言し、分家のパクアラム8世と共にインドネシア独立戦争を支援しました。ジョクジャカルタを臨時首都とし、財政的な援助を行ったほか、自身は知事として、パクアラム8世は副知事として、新政府を支えました。また、ジョクジャカルタはスルタン領（特別州）として、王族制終身知事の存続を認められました。1945年から1949年まで、ハメンクブウォノ9世はジョクジャカルタの軍隊を指揮し、大臣も兼任しました。

しかし、オランダが再植民地化を試み、インドネシアとの間で激しい戦いが繰り広げられました。1946年には、インドネシアの中心をジョクジャカルタに移し、スルタンは新政府へ資金援助を継続しました。また、オランダとの和平交渉では、インドネシア代表団の一員として交渉にあたりました。

1948年12月21日、オランダは第二次軍事行動を開始し、ジョクジャカルタを占領、スカルノ大統領とハッタ副大統領を逮捕しました。しかし、オランダは国民からの支持が厚いハメンクブウォノ9世を排除することはできず、彼はジョクジャカルタに留まり続け、知事としての役割を果たしました。

3月1日の攻勢

1949年初頭、ハメンクブウォノ9世は、インドネシアが健在であることを世界に示すため、大規模な攻勢が必要であると考えました。これは、国際社会にインドネシアの独立を認めさせるための戦略的な行動でした。1949年2月、彼は会議を開き、スハルト中佐を司令官に任命し、ゲリラ戦術を用いてジョクジャカルタのオランダ軍を攻撃する計画を立てました。3月1日午前6時、スハルトが指揮する軍は攻勢を開始し、ハメンクブウォノ9世の宮殿を司令部として利用しました。6時間だけジョクジャカルタの中心部を占領したこの作戦は「暁の攻撃」と呼ばれ、インドネシアの独立に対する強い意志を世界に示しました。この攻勢は、国際連合がインドネシア問題を積極的に扱うきっかけとなり、独立を大きく前進させる原動力となりました。

インドネシア政府への貢献

インドネシア独立後、ハメンクブウォノ9世はジョクジャカルタ特別州知事に加え、インドネシア政府の大臣として、国防大臣（1949-1951年、1953年）、副首相（1951年）、観光大臣（1966年）など、数々の要職を歴任しました。また、インドネシア全国スポーツ委員会（KONI）会長や観光旅行後援者協議会会長も務めました。

スカルノからスハルトの時代へ

1965年9月30日に発生した9月30日事件（G30S）では、スカルノ大統領の所在が不明となる中、ハメンクブウォノ9世はスハルト周辺から暫定政府の設立を提案されましたが、これを拒否しました。その後、スハルトが大統領に就任すると、アダム・マリクとともにスカルノの方針による三頭政治を行うことに同意し、経済、財政、産業大臣に任命され、1973年までその職務を果たしました。

副大統領就任と辞任

1973年3月、ハメンクブウォノ9世はインドネシアの第2代副大統領に選出されました。彼は国民からの信頼が非常に厚く、軍人ではない文民であったため、軍を背景とするスハルトにとって、政権運営上、重要な存在でした。事実上、スハルトが外遊する際には、リーダーシップを発揮していました。しかし、ハメンクブウォノ9世はスハルトの権威主義的な政策に失望し、1978年3月に副大統領を辞任しました。表向きは健康上の理由とされましたが、実際にはスハルトの政治手法に対する抗議の意思表示でした。

スカウト運動

ハメンクブウォノ9世は、インドネシア独立以来、スカウト運動の発展に貢献し、1968年にはインドネシアスカウト連盟の理事長に就任しました。その功績が認められ、1973年には世界スカウト委員会からブロンズ・ウルフ賞を授与されました。

死去と遺産

1988年10月1日、ハメンクブウォノ9世はアメリカのジョージ・ワシントン大学メディカル・センターで亡くなり、インドネシアでは国葬が執り行われ、約300万人の人々が葬儀に参列しました。彼はイモギリ王家墓地に埋葬され、ジョクジャカルタのスルタンの宮殿（クラトン）には彼の遺品を納めた博物館が設立されました。また、愛国者としてインドネシアの英雄の称号を授与されました。彼の後を継いだのは息子のラデン・マス・ヘルジュノ・ダルピトで、ハメンクブウォノ10世として即位しました。

趣味と人柄

ハメンクブウォノ9世は武侠映画や小説を愛読し、料理にも深い関心がありました。彼は閣僚たちと非公式な料理クラブを組織し、自ら腕を振るっていたといわれています。その多才さと国民からの支持の厚さは、彼が単なるスルタンや政治家ではなく、国民から愛されるリーダーであったことを示しています。

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