ハルトムート・ヘル

ハルトムート・ヘル（Hartmut Höll）は、1952年 11月24日に誕生したドイツを代表するピアニスト、そして音楽教育者です。現在はカールスルーエ音楽大学の学長という要職にあります。

彼は西ドイツのハイルブロンにて、牧師の家庭に生まれました。故郷のテオドール＝ホイス＝ギムナジウムを卒業後、シュトゥットガルト、ミラノ、ミュンヘンで学び、特に歌曲の伴奏ピアニストとしての専門性を深めていきます。

キャリアの初期において、シュトゥットガルト音楽大学でソプラノ歌手の白井光子と出会ったことは大きな転機となりました。1972年からは白井光子とのデュオを結成し、翌1973年に結婚します。このコンビは国内外の著名な音楽コンクールで成功を収めました。1973年にはウィーンのフーゴ・ヴォルフ・コンペティション、1974年にはツヴィッカウのロベルト・シューマン・コンペティション、そして1976年にはスヘルトーヘンボス、アテネ、ミュンヘンの各コンクールで入賞を果たしています。ピアニストとして世界舞台への第一歩を踏み出したのは、1975年の東京でのリサイタルデビュー、そして翌年のアムステルダムでのヨーロッパデビューでした。その後、ヨーロッパ各地はもちろんのこと、スカンジナビア、イスラエル、アフリカ、日本、中東、南米、ロシア、北米（アメリカ、カナダ）など、世界各地で精力的に演奏活動を展開しました。特に、白井光子とのデュオは歌曲の分野で国際的に高く評価され、1989年にはニューヨークのカーネギー・ホールで、ラヴェルの『シェヘラザード』を演奏し、デュオとして鮮烈なニューヨークデビューを飾っています。二人は数多くの歌曲録音を残し、その芸術性は今なお多くの聴衆を魅了しています。

ヘルは、ソプラノ歌手の白井光子とのデュオに加え、他の著名な声楽家や器楽奏者との共演でも知られています。バリトンの巨匠、ディートリッヒ・フィッシャー＝ディースカウが1993年に引退するまでの1982年から、ヘルは彼の専属伴奏ピアニストを務めました。ザルツブルク、エディンバラ、フィレンツェ、ミュンヘンといった主要な音楽祭、さらにはベルリン、東京、ニューヨークのカーネギー・ホールでのリサイタルなど、重要な舞台で数多くの共演を果たしています。特に、ベートーヴェン作品などの録音において、ヘルの繊細かつ陰影豊かな演奏は特筆され、多くの評論家から賞賛を受けました。また、ヴィオラ奏者のタベア・ツィンマーマンも彼の緊密な共演者の一人であり、ブラームスやショスタコーヴィチのソナタなど、記憶に残る録音を共に制作しています。ソプラノ歌手のルネ・フレミングとは20年以上にわたり共演を続けており、彼らの世界各地でのコンサートやCDは、しばしば「楽曲解釈の模範」として参照されています。

さらに、クリストフ・プレガルディエン、トーマス・ハンプソン、ヴォルフガング・ホルツマイア、ペーター・シュライアー、ルネ・パーペといった幅広い世代の著名な歌手、そして若手のAeneas Humm、Yajie Zhang、Ilker Arcayürekなど、多数の声楽家たちと共演しています。器楽奏者では、クラリネットのエドゥアルト・ブルンナー、ザビーネ・マイヤー、ヴァイオリンのユーディ・メニューイン、ピアノのアンドラーシュ・シフなど、多岐にわたる優れた演奏家との室内楽にも積極的に取り組んでいます。

これまでにリリースされたCDは約60作品にのぼり、Capriccio、Decca、EMI、Erato、Claves、MDG、BayerRecordsなど、主要なレーベルから発表されています。これらの録音の多くが、ディアパゾン・ドールやドイツレコード批評家賞など、国際的な賞を受賞しており、演奏家としての高い評価を裏付けています。

教育者としてのキャリアも充実しており、フランクフルトとケルンで教授職を歴任した後、カールスルーエ音楽大学の教授に就任しました。また、1998年から1999年にはヘルシンキ大学、1994年から2003年にはザルツブルク・モーツァルテウム大学で客員教授を務めました。チューリッヒ芸術大学では約10年間にわたりリート解釈を指導しています。2007年10月からはカールスルーエ音楽大学の学長として、大学運営にも貢献しています。

教育活動は大学にとどまらず、世界各地でマスタークラスを開催しています。フィンランドのサヴォンリンナ音楽祭、シュレスヴィヒ＝ホルシュタイン音楽祭、ワイマール国際音楽ゼミナール、ザルツブルク・モーツァルテウムの夏期ゼミナール、オールドバラ音楽祭、さらにはスイス、アメリカ（タングルウッド、シンシナティ）、カイロ、エルサレムのアイザック・スターン音楽センターなどで歌曲の指導にあたっています。毎年、上海音楽学院でも教鞭を執るほか、2019年と2020年にはニューヨークのカーネギー・ホールが主催する「ソング・スタジオ」に招かれるなど、国際的な教育活動を精力的に行っています。

音楽界への貢献に対し、1990年にはツヴィッカウ市よりロベルト・シューマン賞が贈られ、同市のロベルト・シューマン協会の名誉会員にも名を連ねています。また、ニューヨーク・ナウムバーグ国際音楽コンクール、ロベルト・シューマン・コンクール、ARD国際音楽コンクールなど、国際的な権威のあるコンクールでたびたび審査員や審査委員長を務めています。

1985年から2007年まで、国際フーゴ・ヴォルフ・アカデミーの芸術監督として、シュトゥットガルトに国際フーゴ・ヴォルフ・コンクールを設立するなど、リートの普及・振興に尽力しました。「エドゥアルト・メーリケ」や「ドナウの旅」といったテーマによるコンサートシリーズを企画し、その活動は国境を越えて注目され、ニューヨークのリンカーン・センターやパリのルーヴル美術館でも公演が行われるに至りました。

2012年には、自身の音楽観や経験、歌曲へのアプローチを綴った著書『言葉と音楽（WortMusik）』を出版しました。これらの活動を通じて、ハルトムート・ヘルは、ピアニスト、教育者、音楽管理者として、世界の音楽界、特に歌曲の分野において多大な影響を与え続けています。

主な録音には、白井光子とのシェック歌曲集やヴィクトル・ウルマン歌曲集、フィッシャー＝ディースカウとのメンデルスゾーン歌曲集やラヴェル歌曲集、タベア・ツィンマーマンとのブラームス・ヴィオラソナタなどがあります。約60作品に及ぶ彼のディスコグラフィーは、リート伴奏芸術の規範として、今なお世界中の音楽愛好家に聴かれています。

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