ハンス・メッツガー

ハンス・メッツガー：ポルシェの心臓を造った男

ハンス・メッツガー (1929年 - 2020年) は、自動車史に燦然と輝く名エンジニアです。その名は、ポルシェ911の象徴ともいえる水平対向6気筒空冷エンジン、そして数々の伝説的レーシングカーの心臓部と不可分な関係にあります。ドイツ、ヴュルテンベルク自由人民州の小さな村で生まれ育った彼は、幼少期からポルシェの車両に囲まれた環境で、将来の道を自然と決めていったのかもしれません。

シュトゥットガルト工科大学で機械工学を修めたメッツガーは、1956年、ポルシェ社に入社。当初はポルシェ356カレラ用エンジンの開発に携わり、4カム動弁機構、特にバルブスプリングの改良に手腕を発揮しました。その後、設計部門に異動し、1959年にはF1マシン、ポルシェ804用の水平対向8気筒エンジン「タイプ753」の開発に参加。1962年のフランスグランプリでの優勝は、ポルシェ、そして空冷エンジンにとってF1における唯一の勝利となりました。

ポルシェがF1活動を終了した1963年、メッツガーは新たな挑戦に挑みます。それは、伝説のポルシェ911(901、1964年発売)の2リッター水平対向6気筒エンジンの設計です。F1で培った技術と経験を惜しみなく注ぎ込んだこのエンジンは、後に「メッツガーエンジン」と呼ばれるようになり、ポルシェのアイデンティティを決定づける存在となりました。

1965年、フェルディナント・ピエヒがポルシェ社の技術部門長に就任し、レーシングカー設計部門を新設すると、メッツガーはそのレース用エンジン開発部門の責任者に抜擢されます。この時代から1980年代にかけて、彼は数々の名機を生み出し、モータースポーツの歴史にその名を刻むことになります。

ポルシェ917シリーズ用の4.5リッター水平対向12気筒エンジン「912」は、その代表的な成果の一つです。自然吸気エンジンとしての成功に加え、ターボエンジンの開発においても革新的な技術を導入。Can-Am選手権では、大排気量のシボレーエンジンに対抗するため、5リッター水平対向12気筒ツインターボエンジンを搭載したポルシェ917/30を開発し、1973年には8戦全勝という驚異的な記録を達成しました。この技術は、市販車911ターボ（930ターボ）にも受け継がれ、スポーツカーの歴史に新たな1ページを加えることになります。

さらにメッツガーは、1976年にはツインカム4バルブ水平対向6気筒エンジン「935/71」を開発。これは、後のポルシェ・レーシングエンジンの基礎となる重要な設計でした。シリンダーヘッドとシリンダーバレルを溶接することでガスケットの吹き抜け問題を解決し、ギア駆動方式の採用により、エンジン回転数を9,000rpmまで高めることに成功しました。このエンジンをベースに、グループC用の「935/76」エンジンが誕生し、ポルシェ956、962に搭載され、世界耐久選手権やル・マン24時間レースで圧倒的な強さを誇示することになります。

1980年代には、マクラーレンからの依頼を受け、F1用エンジンの開発にも挑戦します。当時、グループC向けの開発に注力していたポルシェにとって、F1へのワークス参戦は容易ではありませんでしたが、マクラーレンが費用を負担する条件でTAGターボエンジン社を設立。メッツガーは、既存の技術にとらわれず、V型6気筒ターボエンジンを新たに設計しました。効率性と燃費を重視したこのエンジンは、高い信頼性と幅広いパワーバンドを備え、1984年から1986年にかけて、マクラーレンに3度のドライバーズチャンピオン、2度のコンストラクターズチャンピオンをもたらしました。

1994年に引退後も、ポルシェのアンバサダーとして活躍したメッツガー。2020年にその生涯を終えましたが、彼が設計したエンジンは、今もなお、多くの自動車愛好家たちに感動を与え続けています。謙虚な性格だったと言われるメッツガーですが、その業績は、モータースポーツの歴史に永遠に刻み込まれるでしょう。彼の功績を称え、そして後世に伝え続けることが、我々の務めと言えるのではないでしょうか。

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