ハンマーム

ハンマーム：歴史と文化が交差する伝統的な公衆浴場

ハンマームは、中東、北アフリカ、中央アジアなど、広範な地域で見られる伝統的な公衆浴場です。その語源はアラビア語の「温める」を意味する動詞に由来し、トルコ語では「ハマム」と呼ばれます。単なる入浴施設としてだけでなく、人々の社交場、文化交流の場としても重要な役割を担ってきました。

ハンマームの構造と特徴

ハンマームは、多くの場合、半地下に建設され、保温性を高めるために窓が少ない構造になっています。乾燥地帯では、ファラジやカナートと呼ばれる給水路から水が供給されます。燃料には木材や乾燥させた家畜の糞が用いられ、その火は料理にも利用され、灰は肥料や建材として再利用されるなど、資源を有効活用する工夫が見られます。

基本的な構造は、番台、脱衣所、浴室からなります。利用者は貴重品を預け、腰布を着用して入浴します。衛生管理には厳格なルールがあり、例えば、水盤での洗濯は禁止されています。浴室は通常、蒸し風呂であり、蒸気で体を温め、垢すり師によるマッサージや剃毛のサービスを受けます。入浴後、利用者は脱衣所で休憩し、飲食を楽しみます。

歴史と発展

ハンマームの起源は、ローマ帝国の浴場文化にまで遡ります。イスラム世界の拡大とともに、ローマの浴場文化は中東に伝わり、独自の発展を遂げました。初期のハンマームは8世紀ごろのウマイヤ朝時代に建設されたものが確認されています。預言者ムハンマド自身は浴場を利用しなかったとされますが、4代目カリフ・アリーは利用していたと伝えられています。

イスラム教では身体の清潔さが重視されるため、公衆浴場は急速に普及しました。ハンマームはモスクや神学校と並んで重要な施設とみなされ、多くのものがワクフ（寄進財産）として維持・建設されました。ハンマームの数は、都市の盛衰を測る指標ともなっています。

トルコでは、ビザンティン建築の技術を取り入れ、ハマムは早期に発達しました。17世紀のイスタンブールには、多くのハマムが存在していました。イスラム式浴場は、中東以外にもインド、マグリブ、アンダルシア地方にも建設されました。

近代以降の変化と現状

20世紀以降、都市インフラが整備され、個人宅に浴室が普及したことで、ハンマームの数は減少しました。しかし、一部の地域では、庶民の社交の場として、あるいは観光施設として活用されています。トルコでは、ハマムが外国人観光客に人気があり、イスタンブールなどでは観光客向けに営業しているハマムもあります。

ハンマームとジェンダー

ハンマームは、男女別々の施設であるか、時間帯を分けて利用されます。女性用ハンマームでは、全て女性スタッフが対応します。ハンマームは、特に女性にとって、社会的な交流や情報交換の場として重要な役割を果たしてきました。また、結婚前の女性が親族の女性に囲まれて身づくろいをするなど、儀式的な機能も持っていました。

イランのギャルマーベ

イランでは、公衆浴場は「ギャルマーベ」と呼ばれます。ギャルマーベはモスクやマドラサと同様に、ペルシャ式の建築様式を持ち、美しい装飾が施されています。近代化が進むにつれて、個人の住居に浴室が普及し、ギャルマーベの姿は少なくなってきています。かつては衛生状態が問題視されていましたが、現在では改善されています。また、「オルキーデ」と呼ばれるサウナやプールを備えた施設も存在します。

西欧でのイメージと日本における「トルコ風呂」

17世紀のロンドンには「ハンマーム」を冠した浴場が建てられましたが、多くは売春が行われていたとされます。そのため、ハンマームに対する誤解や偏見も生じました。19世紀には、ヨーロッパで健全なイスラム風の浴場も登場しました。

日本では、アメリカで「ターキッシュ・バス」と呼ばれていた施設が、「トルコ風呂」と訳されて紹介されました。幕末から明治時代にかけて、ヨーロッパを訪問した使節団や留学生がハンマームを体験しています。その後、ハンマームで行われる洗体とマッサージのサービスが、ハレムに対する誤解と結びつき、「トルコ風呂」は個室付特殊浴場の通称として使われるようになりました。しかし、在日トルコ人の訴えによって、1984年に「トルコ風呂」の名称は自主的に廃止され、「ソープランド」と名称が変更されました。

ハンマームの例

ハセキ・ヒュッレム・スルタン・ハンマーム（イスタンブール）
ガラタサライ・ハンマーム（イスタンブール）
ヌールッディーン浴場（ダマスカス）
バーシャー浴場（アッコ）
岩崎弥之助別宅のトルコ風呂（東京）
リンカーン・プレイスのトルコ風呂（ダブリン）

ハンマーム関連の文化

ペシュテマル：ハンマームで使用するタオル
nalın：風呂場で滑らないように履く履物
テラック/ケセジ：男性の垢すり師
natır：女性の垢すり師

結論

ハンマームは、単なる入浴施設ではなく、歴史、文化、社会が交錯する場所です。その存在は、古代からの生活様式や文化を今に伝える貴重な遺産と言えるでしょう。

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