ハーマン・ゴールドスタイン

ハーマン・ハイネ・ゴールドスタイン

ハーマン・ハイネ・ゴールドスタイン（1913年9月13日 - 2004年6月16日）は、アメリカ合衆国の傑出した数学者であり、計算機科学の黎明期において極めて重要な役割を果たした人物です。彼は、最初期の電子計算機であるENIACの開発に深く関与し、後にジョン・フォン・ノイマンと共にストアードプログラム方式の概念を広く知らしめるきっかけを作りました。戦後はプリンストン高等研究所でIASマシン開発を主導し、その後IBMに移ってコンピュータ史の研究にも貢献しました。

生涯と初期のキャリア

1913年、シカゴでユダヤ系の家庭に生まれたゴールドスタインは、優れた学才を示しました。シカゴ大学に進学し、数学の分野で研鑽を積み、1936年には博士号を取得しました。卒業後は、著名な数学者ギルバート・エイムズ・ブリスの研究助手として3年間を過ごし、特に砲外弾道学の数学的理論について学びました。1939年にはミシガン大学で教職に就きますが、第二次世界大戦へのアメリカ参戦を機に、彼は陸軍に入隊することを決意します。私生活では、ENIACのプログラマであり、その取扱説明書を執筆したアデル・カッツと1941年に結婚し、2人の子供をもうけましたが、アデルは1964年に亡くなりました。その後、1966年にエレン・ワトソンと再婚しています。

陸軍弾道研究所とENIACの開発

1942年7月、陸軍少尉としてアバディーン性能試験場内の弾道研究所(BRL)に配属されたゴールドスタインの任務は、大砲の射程や角度を決定するために不可欠な「射表」の計算でした。当時、この計算は主に約100名の女性計算手たちが機械式卓上計算機を用いて手作業で行っており、一つの弾道の計算に7時間以上を要するなど、非常に時間と労力がかかる作業でした。この非効率性を改善するため、BRLはペンシルベニア大学ムーアスクールの計算施設を活用することを決定し、ゴールドスタインは両組織間の連絡調整役を務めることになります。

ムーアスクール滞在中、彼は技術者のジョセフ・チャプラインの紹介で、物理学教員であったジョン・モークリーと出会います。モークリーは、真空管を用いることで計算速度を劇的に向上させることができるという電子計算機の構想を持っていました。この構想に可能性を見出したゴールドスタインは、モークリーと共に陸軍から資金を獲得し、電子数値積分・計算機、すなわちENIACの開発プロジェクトを立ち上げます。ENIACは30ヶ月の開発期間と20万時間もの労力を費やして建造されました。その規模は巨大で、30×60フィートの広さを占め、約18,000本の真空管を使用し、重量は30トンにも及びました。限られたメモリ容量と、配線の再構成によるプログラミングに数日を要するという難点はありましたが、ENIACは1945年後半に完成し、その後のコンピュータ開発に大きな影響を与えました。

EDVAC計画と「第一草稿」

ENIACは第二次世界大戦終結には間に合いませんでしたが、電子計算機への陸軍の関心は依然として高く、ENIAC完成前から後継機であるEDVACの開発が計画されていました。ゴールドスタインは、ENIACの設計者であるモークリー、プレスパー・エッカート、アーサー・バークスらと共に、EDVACの設計改善について議論を開始します。

1944年の夏、ゴールドスタインはメリーランド州アバディーンの駅で偶然、高名な数学者ジョン・フォン・ノイマンと出会います。ゴールドスタインがムーアスクールでの計算機開発プロジェクトについて語ると、当時マンハッタン計画に必要な計算に苦慮していたノイマンは強い関心を示し、EDVACの研究グループに参加することになります。ノイマンはグループ内で「EDVACに関する報告書の第一草稿」というメモを作成しましたが、ゴールドスタインはこのメモをタイプして101ページの正式な文書にまとめ、ノイマン単独の著作として広範に配布しました。この「第一草稿」は、不完全ながらも電子デジタルコンピュータ構築の決定的な設計図となり、特にプログラムを機械のメモリ内に保存するという「ストアードプログラム方式」の概念を普及させました。ノイマンの名前で公表されたため、この設計思想は「ノイマン型アーキテクチャ」として知られるようになります。しかし、この文書でエッカートとモークリーが共著者として明記されなかったことは、後に両者とノイマンらの関係が悪化し、ムーアスクールでのグループが分裂する一因となりました。

プリンストン高等研究所とIBM

戦後、エッカートとモークリーが独立してコンピュータ会社を設立したのに対し、ゴールドスタインはノイマン、バークスと共にプリンストン高等研究所に移籍し、学術的な環境で研究を続けました。彼はそこで、IASマシンと呼ばれるコンピュータの開発プロジェクトに参加し、後にディレクターを務めました。IASマシンは、ノイマンを介してIBMの初期のコンピュータ設計に影響を与えました。1957年のノイマンの死後、IASプロジェクトが終了すると、ゴールドスタインはIBMに移り、ヨークタウンハイツにあるトーマス・J・ワトソン研究所の数理科学部設立ディレクターに就任しました。

IBMでの彼は、研究者と学界との連携強化に尽力しました。1969年には、同社で最高の栄誉とされるIBMフェローに任命され、研究部長の顧問を務めました。フェローとして、彼はコンピューティングと数理科学の歴史に深く傾倒し、『パスカルからフォンノイマンまでのコンピュータ』など、この分野に関する権威ある3冊の著作を著しました。これらの著書は、コンピュータの歴史を理解する上で貴重な文献となっています。

晩年と功績

IBMを退職した後も、ゴールドスタインは1985年から1997年までフィラデルフィアのアメリカ哲学協会の事務局長を務めるなど、精力的に活動を続けました。長年にわたるパーキンソン病との闘病の後、2004年6月16日にペンシルベニア州の自宅で90歳で死去しました。彼の死はIBMによって発表され、その功績を称えて博士研究員フェローシップ制度に彼の名前が冠されました。

ハーマン・ハイネ・ゴールドスタインは、ENIACに代表される最初期のハードウェア開発から、ストアードプログラム方式という現代コンピュータの基礎概念の普及、さらにはその歴史の記録に至るまで、コンピュータ科学の創成期における多岐にわたる重要な貢献を果たしました。その生涯は、激動の時代に新しい技術の夜明けを切り開いた一人の科学者の軌跡を示しています。

主な受賞・栄誉

ハリー・H・グッド記念賞（1979年）
アメリカ国家科学賞（1985年）
陸軍武器科の殿堂（1997年）
ベンジャミン・フランクリン・メダル（アメリカ哲学協会より、1997年）
コンピュータ・パイオニア賞
米国科学アカデミー会員
アメリカ哲学協会会員

主な著作

『The Computer from Pascal to von Neumann』
『History of Numerical Analysis from the 16th Through the 19th Century』
『History of the Calculus of Variations from the Seventeenth Through the Nineteenth Century』

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