バイオレット・ジェソップ

バイオレット・ジェソップ：「沈没船の女王」の生涯

バイオレット・コンスタンス・ジェソップ（1887年10月2日 – 1971年5月5日）は、20世紀初頭に活躍した客室乗務員兼看護師です。彼女は、その生涯において、タイタニック号、オリンピック号、ブリタニック号という、姉妹船3隻すべてに関わる海難事故を生き延びたことで特によく知られています。この驚くべき経歴から、彼女は「沈没船の女王」や「ミス不沈」という異名で呼ばれるようになりました。

生い立ち

1887年、アルゼンチンのバイアブランカ近郊で生まれたジェソップは、アイルランド移民の両親のもと、9人兄弟の長女として育ちました。幼少期には、結核とみられる重い病に冒され、医者から余命宣告を受けるも奇跡的に回復。16歳で父親を亡くし、家族でイギリスへ移住。修道院の学校に通いながら妹の世話をし、母親が客船の客室乗務員として働く間、家計を支えました。

母親の病気をきっかけに、ジェソップ自身も客室乗務員の仕事に就くことを決意。採用されるために、わざと衣服をみすぼらしくして面接に臨んだというエピソードも残っています。1908年、21歳でロイヤルメールラインのオリノコ川で客室乗務員としてのキャリアをスタートさせました。

オリンピック号の事故

1911年、ジェソップはホワイト・スター・ライン社の豪華客船オリンピック号に移籍。しかし、同年9月20日、オリンピック号はイギリスの軍艦ホークと衝突事故を起こします。幸い死者は出ませんでしたが、船体には損傷が生じました。ジェソップ自身はこの事故について多くを語っていません。

タイタニック号の沈没

1912年4月10日、24歳になったジェソップは、タイタニック号に客室乗務員として乗り込みました。しかし、そのわずか4日後の4月14日、タイタニック号は北大西洋で氷山に衝突し、沈没。ジェソップは回想録の中で、英語が話せない乗客に救命胴衣の着用方法を伝えるために、身振り手振りを交えて説明した様子を綴っています。救命ボートに乗る際には、乗客の赤ちゃんを託され、カルパチア号で救助された後、赤ちゃんの母親に引き渡したという感動的なエピソードも残っています。

ブリタニック号の沈没

第一次世界大戦中、ジェソップは英国赤十字社の客室乗務員として従軍。1916年11月21日、病院船として運用されていたタイタニック号の姉妹船、ブリタニック号に乗船中に、原因不明の爆発事故に遭遇します。ブリタニック号はエーゲ海に沈没し、ジェソップも救命ボートで脱出を試みましたが、沈没時にスクリューに巻き込まれそうになり、海に飛び込む際に頭部に怪我を負いました。しかし、奇跡的に生還を果たし、3隻の姉妹船の海難事故をすべて生き延びるという驚くべき経験をすることになったのです。

その後の人生

戦後、ジェソップは再びホワイト・スター・ライン社に復職。その後、レッド・スター・ライン社、ロイヤル・メール・ライン社でも勤務し、世界中を旅しました。30代後半で短い結婚生活を経験した後、1950年にイギリスのサフォークに引退。引退後のある嵐の夜、タイタニック号沈没時に救助した赤ちゃんの母親を名乗る女性から電話を受け、「その赤ちゃんは私です」と言われたという不思議な体験もしています。

「ミス不沈」と呼ばれたバイオレット・ジェソップは、1971年、83歳でうっ血性心不全により亡くなりました。彼女の波乱に満ちた生涯は、数々の映画や舞台作品で描かれ、後世に語り継がれています。

大衆文化におけるバイオレット・ジェソップ

映画:
『忘れられない夜』(1958): 客室乗務員が救命胴衣の着用例を示すシーンの着想の元になった。
『タイタニック』(1997): 同様のシーンが登場する。
『ブリタニック』(2000): 主人公がタイタニック号の生存者として描かれる。
舞台:
『アイスバーグ–ライトアヘッド！』: バイオレット・ジェソップが登場する。
小説:
『The Deep』(2020): 二次的なキャラクターとして登場する。

バイオレット・ジェソップの生涯は、不運と幸運が入り混じった、まさに波乱万丈という言葉がふさわしいものでした。彼女は、幾多の困難を乗り越え、強く生き抜いた女性として、人々の記憶に刻まれています。

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