バッカス (ルーベンス)

ピーテル・パウル・ルーベンス作『バッカス』

作品概要

『バッカス』は、フランドルのバロック期を代表する巨匠、ピーテル・パウル・ルーベンスが1638年から1640年にかけて制作した油彩画です。この作品は、ルーベンス自身が自身の楽しみのために描いたもので、注文を受けて制作したものではありません。1772年に購入されて以来、ロシアのサンクトペテルブルクにあるエルミタージュ美術館に所蔵されています。もともと板に描かれていた作品は、1891年にキャンバスへ移し替えられました。

ルーベンス自身による複製が、現在、イタリアのフィレンツェにあるウフィツィ美術館に所蔵されています。

作品詳細

ルーベンスは、古代の文化や芸術に深い知識を持つ教養人であり、神話画をはじめとする古代的なモチーフを繰り返し描いてきました。この『バッカス』もその一つで、ギリシア神話とローマ神話において重要な神の一人であり、ワインとワイン造りの神であるバッカスを描いています。バッカスは、ゼウスの息子であり、「ネプトゥーヌスよりも多くの人を溺れさせた」と伝えられるほどの豪快な神として知られています。

伝統的にバッカスは美貌の青年として描かれることが多いのですが、ルーベンスは、彼を肥満し、身体のたるんだ飲んだくれとして描いています。酒樽を玉座のようにして腰掛け、片足を虎の上に乗せているバッカスは、醜さと同時に荘厳さを感じさせます。ルーベンスは、バッカスを通して大地の豊饒さや、人間の本能的な美しさを表現しようと試みました。酒に溺れながらも、ルーベンスの筆致によって、鑑賞者の共感を呼ぶ、醜くも愛すべき存在として描かれています。

この作品の構図は、バッカスが泉の上に座っているハンス・フレーデマン・デ・フリースの作品に影響を受けていると考えられています。また、バッカスの頭部は、古代ローマ皇帝ウィテッリウスの大理石胸像を参考にしているとされています。さらに、アンドレア・マンテーニャの版画『バッカナリア』、ハンス・バルドゥングの素描『バッカス』、ティツィアーノの『アンドロス島のバッカス祭』からも影響を受けていることが指摘されています。

本作は、ルーベンスの死後も彼のアトリエに残っていた数少ない作品の一つで、甥のフィリップ・ルーベンスに遺されました。その後、フィリップによってリシュリュー王子に売却され、クロザ・コレクションを経て、最終的にエルミタージュ美術館へと収蔵されました。

作品が持つ意味

ルーベンスの描いたバッカスは、従来の神のイメージを覆すような、人間味あふれる姿で描かれています。彼の作品は、神話的な題材を通して、人間の本質や生命力を表現しようとするルーベンスの姿勢を示しています。バッカスが持つ豪快さ、豊饒さ、そしてどこか人間臭い魅力は、観る者に深い印象を与え、ルーベンスの芸術的な才能を今に伝えています。

まとめ

ルーベンスの『バッカス』は、伝統的な神のイメージにとらわれず、大胆な解釈でバッカスを描いた作品です。古代の芸術に精通していたルーベンスの知識と、人間に対する深い洞察が融合したこの作品は、バロック美術の傑作として、今日でも多くの人々に愛されています。

参考文献

五木寛之編著『NHK エルミタージュ美術館 3 近代絵画の世界』、日本放送出版協会、1989年刊行 ISBN 4-14-008625-4

外部リンク

エルミタージュ美術館公式サイト、ピーテル・パウル・ルーベンス『バッカス』 (英語)

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