バロン・タガログ

バロン・タガログ：フィリピンの民族衣装

バロン・タガログは、フィリピンの男性が着用する民族衣装であり、正装として知られています。その特徴的なデザインは、フィリピンの先住文化とスペインの植民地時代の服装の両方から影響を受けています。

デザインと素材

バロン・タガログは、刺繍が施された長袖のシャツで、伝統的には「ニピス」と呼ばれる薄手の生地で作られています。この生地の主な素材は、ピニャ（パイナップルの繊維）やマニラ麻（アバカ）です。これらの素材は、軽量でありながらもパリッとした質感があり、独特の風合いを生み出します。現代では、シルク、ラミー、ポリエステルなどの安価な生地も使用されており、より幅広い選択肢があります。

バロン・タガログは、その透ける生地のために、下にはアンダーシャツを着用するのが一般的です。また、裾はズボンの外に出し、ドレスシューズを合わせることが正装の条件とされています。

語源と歴史

「バロン・タガログ」という名称は、タガログ語の「バロ」（服または衣類）から派生しており、通常「バロン」と短縮して呼ばれます。「タガログ族の衣装」という意味を持つものの、実際には民族を超えてフィリピン国民共通の衣装として認識されています。

スペイン植民地時代には、キリスト教に改宗した人々が西洋風の礼服を着用するようになり、男性用のバロン・タガログと女性用のバロト・サヤが定着しました。バロン・タガログは、先住民が西洋人の服装と区別するために着用したとされています。

バロン・タガログの原型は、植民地時代以前のシンプルなシャツ「バロ」に遡ります。このバロは、襟がなく、袖もゆとりのないものが一般的でした。スペイン人はこれを「カンガ」や「チャメレッタ」と呼んでいました。初期のバロは、アバカから作られた粗いリネンに似た生地で作られており、シルクや綿などの輸入生地も使用されました。

19世紀に入ると、「バロン・マハバ」と呼ばれる丈の長いバロンが登場しました。これは、エリート層の間で人気を博し、大胆な色使いやストライプ模様が特徴でした。その後、現在のバロン・タガログに近い形に進化し、丈が短くなり、薄手の生地と刺繍が特徴となりました。

バロン・タガログの特徴

バロン・タガログには、長袖、刺繍、ボタン（胸の上半分または前開き）、ポケットがないという特徴があります。また、ゆったりとしたサイズ感と、裾の両側に入ったスリットも共通の特徴です。デザインや素材は多岐にわたり、着用者の社会階級や着用場所のフォーマル度によって選ばれます。上質な薄手の素材は上流階級が、安価な素材は日常着として利用されていました。

シャツの前側にある刺繍部分は「ペチェラ」と呼ばれ、さらにシャツ全体に刺繍を施す「サボグ」という技法もあります。刺繍には、ドロンワークやシャドウ刺繍、プリーツ細工など、さまざまな技法が用いられます。

女性用バロン・タガログ

男性用の衣装を女性用にアレンジしたものも存在します。これは、オートクチュール的な感覚を示唆するものであり、女性政治家が権威を示すために着用することもありました。しかし、正式な女性の礼装はバロト・サヤやトライェ・デ・メスティツァであり、どちらも植民地以前に起源を持ちます。

歴史的変遷

バロン・タガログは、時代とともにその形を変えてきました。スペイン植民地時代には、その初期は簡素なバロが主流でしたが、19世紀にはバロン・マハバを経て、現代の形へと進化しました。アメリカ植民地時代には一時的に人気が衰退しましたが、独立後には再び正装として認められるようになりました。

特にラモン・マグサイサイ大統領が就任式でバロン・タガログを着用したことは、フィリピンの民族衣装としての地位を確立する上で大きな出来事でした。その後、歴代の大統領もバロン・タガログを着用し、1975年には正式な民族衣装として法制化されました。

バロン・タガログの多様なスタイル

バロン・タガログにはさまざまな派生形があり、着用シーンや素材によって区別されます。

バロン・マハバ：丈が長く、初期のバロンの特徴を残すスタイル。
バロ・セラーダ：襟をきちんと閉じたスタイルで、カジュアルな印象を与える。
ポロ・バロン：半袖のバロン・タガログで、よりカジュアルな場面で着用される。
グソット・マヤマン：リネン素材を使用し、しわ感が特徴的なスタイル。
シャツ・ジャック・バロン：シャツジャケットのように裁断されたバロンで、カジュアルからドレスアップまで幅広く着用できる。

バロン・タガログとグアヤベラ

バロン・タガログと似たスタイルに「グアヤベラ」というラテンアメリカのシャツがあります。これは、かつてマニラ・ガレオン貿易を通じてフィリピンからメキシコに伝わった可能性があり、バロン・タガログが地域に合わせて変化したものと考えられています。現在でもユカタン州では「フィリピンのシャツ」と呼ばれています。

さまざまな素材

バロン・タガログには、以下のようなさまざまな素材が使用されます。

ピニャ：パイナップルの繊維から作られた最高級の生地。光沢があり、独特の風合いを持つ。
ピニャセダ：ピニャとシルクを織り交ぜた生地。
ジュシ：マニラ麻の繊維から作られた薄手の生地。ピニャよりも安価。
ピニャ・ジュシ：ピニャとジュシを織り交ぜた生地。
Pinukpok：マニラ麻を織ったビコル地方の伝統的な生地。
シナマイ：マニラ麻をざっくりと織った生地。
ジュシリン：シルクや綿とポリエステルを織った機械織りの生地。
* オーガンジー：ポリエステル糸で織られた生地で、バロン・タガログの最も安価な素材。

バロン・タガログは、その歴史と多様なスタイル、素材を通して、フィリピンの文化と歴史を象徴する重要な民族衣装であり続けています。

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