バンによるボスニア統治時代

ボスニアのバン統治時代（1180年～1377年）

1180年から1377年までの期間、ボスニアはバンと呼ばれる首長によって統治されていました。この時代のボスニアは、現在のボスニア・ヘルツェゴビナの大部分に加え、ダルマチア、セルビア、モンテネグロの一部を含む広大な領域を支配していました。ボスニアのバンは、名目上はハンガリー王国の臣下でしたが、実際には独立した国家として機能していました。

ボスニア王国の成立

1377年、当時のバンであったスチェパン・トヴルトコ1世が戴冠式を行い、ボスニア王国の建国を宣言しました。この出来事は、ボスニアの歴史における重要な転換点となりました。

宗教的対立

この時代のボスニアの歴史は、ローマ・カトリック教会と東方正教会の双方から異端とされたボスニア教会を巡る宗教的論争が中心に記録されています。特にカトリック教会は、ハンガリーを通じてボスニア教会の信徒と敵対し、迫害を加えました。

歴史

クリン・バンの時代

10世紀から12世紀にかけて、ボスニアは外国の支配下に置かれていましたが、1180年にハンガリー王国がビザンツ帝国からボスニアに対する宗主権を獲得しました。同年、クリンがボスニアのバンに就任。クリンはボスニア民族の偉人の一人として知られ、彼の治世はボスニアの黄金時代として記憶されています。クリンの統治下で、ボスニアの人々はセルビア人、クロアチア人とは異なる独自のアイデンティティーと習俗を確立し、「ボスニア民族」としての自我が芽生え始めました。また、ラグーザ（ドゥブロヴニク）の商人によってボスニアの商業活動が促進され、イタリアの職人もボスニアで活躍しました。

ボスニア教会の成立と異端の疑い

11世紀のボスニアのカトリック教徒はドゥブロヴニク大司教の管轄下に置かれていましたが、信仰は篤実とは言えず、ラテン語などの読み書きができる者はごくわずかでした。クリンの時代には、ボスニア独自のボスニア教会が創設されました。しかし、ボスニア教会は周辺諸国からボゴミル派の疑いをかけられ、1203年には教皇庁から派遣された使節による調査が行われました。クリンは異端ではないと主張し、教皇の権利への服従を認めましたが、その後もボスニアはたびたび異端の疑いをかけられました。

ハンガリーの介入と十字軍

クリンの死後、ハンガリー王国はボスニアの支配を試みて数度の介入を行いました。ハンガリーはボスニアのキリスト教信仰が異端であるという名目を掲げ、聖職者を介した工作活動を行いましたが失敗。その後、ハンガリーは教皇庁に働きかけ、ボスニアへの十字軍の派遣を承認させました。1235年から1241年にかけてボスニアはハンガリー軍の攻撃に晒され、ハンガリー軍はヴルフ＝ボスナ（現在のサラエヴォ）にまで到達しましたが、モンゴル帝国のハンガリー侵入により、ハンガリー軍は撤退しました。軍事行動に失敗したハンガリーは、教皇庁への働きかけを通じて支配の強化を試み、ボスニアのカトリック教会はドゥブロヴニク大司教からハンガリーの大司教の管轄下に移されました。しかし、ハンガリーから派遣された聖職者はボスニアから追放され、スラヴォニアに移り、ボスニアは国外のカトリック世界との関係を遮断しました。

南北ボスニアの分断と再統合

1252年、ボスニア北部（下ボスニア）はハンガリーの支配下に置かれ、バンの元にはボスニア南部の丘陵地（上ボスニア）のみが残されました。ボスニアには「異端」と見なされた信者の正統な信仰への復帰のため、ドミニコ会の修道士が派遣されましたが、ハンガリーが統治する下ボスニアにはフランシスコ会の修道士が移住しました。1299年には、クロアチアのシュビッチ家が下ボスニアの支配権を掌握し、ハンガリー王国の封臣として一時的に南北ボスニアの統合に成功しましたが、1322年に民衆反乱によってシュビッチ家の支配は終わりを迎えました。

スチェパン・コトロマニッチの時代

1318年にバンに選出されたスチェパン・コトロマニッチは、ハンガリーとの外交関係の回復に努め、彼の統治下のボスニアは基本的にハンガリーの同盟国の立場を保っていました。1321年にセルビア王ステファン・ウロシュ2世ミルティンが没すると、セルビアの混乱に乗じて、1325年/26年にボスニアはハンガリーとセルビアの係争地であったフム地方（ヘルツェゴヴィナ）の獲得に成功しました。これにより、ボスニアはスプリトからネレトヴァ河口に至る海岸線を支配下に置き、歴史上初めて海への出口を確保することができました。コトロマニッチの治下では、鉛や銀の鉱山の開発が実施され、産出された鉱物はアドリア海沿岸部に輸出されました。

13世紀半ばからおよそ100年の間、ボスニアはカトリックの聖職者、寺院、信徒が存在しない状況に置かれていましたが、1340年代からコトロマニッチは「異端」の非難を避けるため、ボスニアにフランシスコ会の宣教師を招聘しました。1342年にはボスニアにフランシスコ会の司教代理区が設置され、1347年頃にはコトロマニッチ自身もカトリックに改宗しました。しかし、ボスニア教会の信徒はコトロマニッチの改宗に反発し、ボスニアとセルビアのステファン・ウロシュ4世ドゥシャンの間に戦争が勃発した際にはセルビアを支持しました。

コトロマニッチの時代のボスニアは国家組織が確立されておらず、土地の統治は各地の領主に委ねられていました。

スチェパン・トヴルトコの即位とボスニア王国の成立

1353年にスチェパン・コトロマニッチの甥であるスチェパン・トヴルトコが即位した後、ボスニアはおよそ17年の間、内紛と外国の干渉に苦しみました。1360年代初頭までにトヴルトコはボスニア北部での支配権の回復に成功し、セルビア人諸侯のボスニア南西部への介入を阻止しました。1370年にはボスニアの内情は安定を取り戻し、トヴルトコは領土の拡張に取り掛かりました。1374年には上ドリナ地方とリム川流域がボスニアの領土に編入され、フム地方全体とセルビアの領土に含まれていたサンジャク地方の大部分がボスニアの支配下に置かれました。

そして1377年、トヴルトコは「セルビアとボスニアの王」として戴冠式を行い、これ以降ボスニアの君主はバンの称号ではなく王を称するようになりました。

参考文献

柴宜弘『図説 バルカンの歴史』新装版（ふくろうの本, 河出書房新社, 2015年7月）
富田裕、石井祥裕「ボスニア・ヘルツェゴヴィナ」『新カトリック大事典』第4巻収録（上智学院新カトリック大事典編纂委員会編, 研究社, 2009年4月）
ロバート.J.ドーニャ、ジョン.V.A.ファイン『ボスニア・ヘルツェゴヴィナ史』（佐原徹哉、柳田美映子、山崎信一訳, 恒文社, 1995年11月）
スティーヴン・クリソルド編『ユーゴスラヴィア史』増補版（柴宜弘、高田敏明、田中一生訳, 恒文社, 1993年3月）

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