パシフィック電鉄

パシフィック電鉄：ロサンゼルスの街路を走った巨大電気鉄道とその遺産

パシフィック電鉄（Pacific Electric Railway、略称PE）は、アメリカ合衆国カリフォルニア州南部で、かつて電気鉄道とバス事業を展開していた企業です。1911年の8社合併により誕生したPEは、最盛期には1700キロメートルにも及ぶ広大な路線網を誇り、複々線区間も存在するなど、世界最大級の電気鉄道として知られていました。その規模や運営形態は、日本の大手私鉄を彷彿とさせ、通勤輸送に重点を置き、路線建設と住宅開発を同時に行うなど、アメリカの他の電気鉄道とは異なる独自の道を歩みました。

8社合併による巨大ネットワークの誕生

PEの基礎となったのは、1901年設立の旧パシフィック電鉄とロサンゼルス・インターアーバン鉄道です。これらの会社は、サザン・パシフィック鉄道創設者の一人コリス・ハンティントンの甥、ヘンリー・ハンティントンがカリフォルニア州南部における地域開発の一環として設立したものでした。大合併時には既にサザン・パシフィック鉄道の傘下に入っていましたが、ハンティントンの地域開発構想が色濃く反映された路線網は、合併後もPEの中核を成すことになります。合併により、ロサンゼルス・パシフィック鉄道（ハリウッドやサンタモニカ海岸方面）、ロサンゼルス・レドンド鉄道（南西部のレドンド海岸方面）などの路線もPEに統合されました。これらの路線は当初狭軌でしたが、合併後に標準軌へ改軌されました。合併後も、ロサンゼルス地区とサンバーナーディーノ地区間の空白を埋めるなど、路線網の拡張が進み、1915年にはほぼ完成しました。

繁栄と衰退：自動車社会の到来と公共交通の岐路

1920年代前半にはPEは最盛期を迎え、輸送客数は1億人を超えました。しかし、ロサンゼルス郡の人口急増を考えると、その成果は十分とは言えず、高規格化の遅れが課題として残りました。公共交通整備に対する市民の合意形成が難しく、東部都市のような補助金による新線建設は実現しませんでした。高額な運賃への不満もあり、沿線自治体による独自のバス運行も始まりました。自動車の普及も進み、PEはバス路線の拡充も図りましたが、利用客の流出は食い止められませんでした。

大恐慌はPEに大きな打撃を与え、経営効率化が急務となりました。バス路線への転換が加速し、市内路線やローカル路線を中心に鉄道路線の廃止が進みました。第二次世界大戦中は造船所への工員輸送などで利用客は増加しましたが、戦後再び減少。1950年前後には、パサデナやサンタモニカ方面など主要路線の大規模廃止が行われました。1953年には旅客列車運行権をメトロポリタン・コーチ・ラインズに売却。その後も路線廃止は続き、1961年に最後の旅客路線であるロングビーチ線が廃止されたことで、PEの旅客鉄道事業は完全に終焉を迎えました。

車両と設備：多様な車両と技術

PEの車両は電車、電気機関車、ディーゼル機関車、貨車など多岐に渡りました。電車はPCCカーを除き釣り掛け駆動、集電はトロリーポール方式でした。車両には現場通称と呼ばれる略称があり、運用路線名や車両の特徴などを反映していました。木造高床車から鋼製車への置き換えが進み、近代化改装も行われましたが、路線廃止に伴う大量廃車により、多くの車両が失われました。現在、保存車や復元車は数少ない貴重な存在となっています。

陰謀論：ゼネラルモーターズと石油会社の関与

PEの衰退については、ゼネラルモーターズや石油会社がPEを買収し、バスへの転換を図ったという「スネルの陰謀説」が有名です。この説は、ブラッドフォード・スネルがアメリカ連邦議会に告発書を提出したことで注目を集めました。しかし、スネルの報告書には多くの誤りがあり、その主張は裏付けられていません。一方で、GMの子会社ナショナル・シティ・ラインズが、全米各地の路面電車路線を買収し、バスに転換したことは事実です。ただし、GMの意図が乗用車の販売促進にあったとは断定できず、バス製造事業の拡大という側面も考慮する必要があります。

パシフィック電鉄と日本の私鉄：共通点と相違点

PEは通勤輸送に重点を置き、路線建設と宅地開発を並行して行うなど、日本の私鉄と類似した特徴を持っていました。日本の初期の電鉄技術者や経営者の中には、PEの視察を行い、その手法を参考に路線建設を行った者もいたと言われています。阪急電鉄や東急電鉄などは、PEの手法を創業期から積極的に取り入れて成功しました。しかし、PE沿線の開発は、当初の中産階級住民の郊外への移転、有色人種住民の増加、そしてワッツ暴動などの社会問題を引き起こしました。一方、PEの車体塗装やロゴは、日本のいくつかの鉄道会社に影響を与え、そのデザインは現在も一部に見ることができます。

保存車と復元：歴史の継承

サンペドロには、500クラスと1001クラスの復元車が観光用に運行される「Waterfront Red Car Line」があります。Orange Empire Railway Museumには、その他の保存車両が多く収蔵されています。また、ロサンゼルス・メトロブルーラインやサンフランシスコ市営鉄道の車両には、PEの塗装を模したものが存在します。

パシフィック電鉄の遺産

パシフィック電鉄は、1960年代初頭にその歴史の幕を閉じましたが、その影響は現在もロサンゼルスの街や、日本の私鉄の姿に色濃く残っています。公共交通のあり方、都市開発と交通網の関係性など、現代社会が抱える問題を考える上で、PEの事例は重要な教訓を与えてくれるでしょう。

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