『パンゲア』 (Pangaea)
『パンゲア』は、
ジャズ・
トランペット奏者
マイルス・デイヴィスが、
1975年2月1日に日本の大阪で行ったライブの中から、特に夜の部の演奏を捉えた2枚組の
ライブ・アルバムです。オリジナル盤がリリースされた際には、『パンゲアの刻印』という
邦題が付けられていました。同日に昼の部で行われた演奏は、別の
ライブ・アルバム『アガルタ』として発表されており、本作と対をなす記録となっています。
制作背景と歴史的重要性
本作は、
マイルス・デイヴィスにとって3度目の日本公演における一日を克明に記録したものであり、それ以上に重要な意味を持っています。公式に発表された音源としては、
1970年代におけるマイルスのレコーディング活動を締めくくる作品となったからです。この『パンゲア』の録音後、マイルスは長い休養期間に入り、次にスタジオでのレコーディングを開始するのは
1980年の『ザ・マン・ウィズ・ザ・ホーン』(翌1981年発表)を待つことになります。そのため、『パンゲア』は、
1970年代という革新的な時期を駆け抜けたマイルス・サウンドの、一旦の終着点を示す貴重な記録と言えるでしょう。
音楽性と演奏の特徴
本作で展開される音楽は、
ジャズを基盤としながらも、ロック、
ファンク、R&Bといった様々な要素が渾然一体となった、まさに当時のマイルスならではのサウンドです。この時期の音楽性は、特に
1970年代のマイルスを熱心に追いかけるファンから極めて高い評価を得ています。ライブ演奏は、伝統的な楽曲形式にとらわれず、およそ1時間弱の演奏を一つの大きなメドレーとして2セット披露するというスタイルが常でした。本作においても、「ターンアラウンドフレーズ」「ウィリー・ネルソン」「チューン・イン・5」「イフェ」「フォー・デイヴ」といった、それまでのレパートリーに含まれるフレーズや断片が次々と繰り出されます。収録されている2つのセットには、便宜的にそれぞれ「ジンバブウェ」「ゴンドワナ」というタイトルが付けられていますが、これらは特定の楽曲を指すものではありません。実質的には、マイルスが率いるバンドメンバーによる、緊密なコミュニケーションと統制の下で行われる大規模な集団
即興演奏と表現するのが適切でしょう。そのエネルギーと創造性は圧倒的です。
制作における特異性
マイルス・デイヴィスのアルバム、特にライブ盤は、長年にわたり彼と共同作業を行ってきたプロデューサー、テオ・マセロによって編集作業が施されることが多いのが通例でした。しかし、この『パンゲア』と、同日昼の部を収録した『アガルタ』に関しては、編集が一切行われていません。録音されたそのままの、ありのままの演奏が収録されています。この異例の決断は、この日のライブがいかに凄まじく、一切手を加える必要がないほど完成されていたかを示唆していると言えるでしょう。生々しく、張り詰めた空気感までもが伝わるサウンドは、この日の演奏の持つ特別な熱量を物語っています。
アートワーク
アルバムのジャケットを含むアートワークは、写真家の田島照久氏によって手掛けられました。この時期のマイルスの、内省的でありながらも力強い存在感を捉えたデザインは、アルバムの音楽世界を視覚的に表現する重要な要素となっています。
収録曲
ディスク1
ジンバブウェ - "Zimbabwe" (作曲:
マイルス・デイヴィス) 41:48
ディスク2
ゴンドワナ - "Gondwana" (作曲: デイヴィス) 46:50
演奏メンバー
この歴史的なライブを支えたメンバーは以下の通りです。
マイルス・デイヴィス -
トランペット、
オルガン
ソニー・フォーチュン - サックス、
フルート
ピート・コージー - エレクトリックギター、
シンセサイザー、
パーカッション
レジー・ルーカス - エレクトリックギター
マイケル・ヘンダーソン -
エレクトリックベース
アル・フォスター - ドラム
* ジェームズ・エムトゥーメ -
コンガ、
パーカッション