ヒアルロニダーゼ

ヒアルロニダーゼとは

ヒアルロニダーゼ（Hyaluronidase）は、ムコ多糖類の一種であり、間質組織の主要成分であるヒアルロン酸を加水分解する酵素です。その作用により、ヒアルロン酸の長い鎖を分解し、より短い断片へと変化させます。この酵素には、国際的な酵素分類番号であるEC番号3.2.1.35、および化学物質の識別番号であるCAS登録番号488712-31-8が割り当てられています。

作用機序と生理的影響

ヒアルロン酸は体内の結合組織に広く存在し、細胞間の隙間を埋める間質組織の主要な構成成分として、組織の構造維持、水分の保持、細胞の移動や増殖の調節など、様々な生理機能に関与しています。ヒアルロニダーゼがヒアルロン酸のグリコシド結合を加水分解すると、その高分子構造が破壊され、ゲル状だったヒアルロン酸溶液の粘性が著しく低下します。これにより、酵素が存在する組織部位の物理的な抵抗が減少し、水分や他の低分子、さらには細胞や粒子状物質なども組織間をより容易に移動できるようになります。つまり、組織の透過性や浸透性が向上する効果をもたらします。この酵素活性は、医療や生理機能において様々な形で利用されています。

医療分野での利用

ヒアルロニダーゼが組織の浸透性を高める性質を利用して、医療現場では多岐にわたる目的で使用されています。その応用例を以下に示します。

薬剤の効果的な分散促進: 皮下注射などで投与される薬剤にヒアルロニダーゼを混合することで、注射部位からの組織内への薬剤の拡散を助け、より広範な領域に薬剤を到達させたり、吸収率を高めたりする目的で用いられます。特に、大量の液体を皮下投与する場合や、特定の領域に薬剤を素早く行き渡らせたい場合に有効です。
局所麻酔の補助: 外科手術などで使用される局所麻酔薬とヒアルロニダーゼを併用することがあります。ヒアルロニダーゼによって麻酔薬が組織内に速やかに、かつ広がりやすく浸透するため、麻酔効果の発現が早まり、より広範囲で確実な麻酔効果を得ることが期待されます。特に、眼科領域の手術における球後麻酔やテノン嚢下麻酔などで頻繁に用いられます。
皮下からの水分補給: 経口での水分摂取が困難な脱水患者などに対し、皮下から水分を補給する（皮下輸液）際に、輸液剤にヒアルロニダーゼを添加することで、皮下組織における水分の拡散と吸収を促進し、より効率的に水分を供給することが可能になります。
尿路造影検査の補助: 尿路の形態や閉塞の有無などを確認するためのX線造影検査において、造影剤を皮下や筋肉内に投与する際にヒアルロニダーゼを併用することで、造影剤が投与部位から周囲組織に効率よく分散し、より鮮明な画像を得るために用いられることがあります。
高張液の血管外漏出への対応: 一部の薬剤、特に高濃度の電解質溶液や特定の抗がん剤などは、誤って血管外に漏れ出すと、強い刺激性や組織壊死を引き起こす可能性があります。このような事態が発生した場合に、漏出した薬剤が周囲組織に集中して留まるのを防ぐため、漏出部位にヒアルロニダーゼを注入し、薬剤の拡散を促して組織損傷を軽減する目的で使用されることがあります。

美容医療における応用

美容医療の分野では、顔のしわやくぼみ、あるいは特定の部位のボリュームアップを目的として、ヒアルロン酸を主成分とする軟組織充填剤（フィラー）が広く使用されています。しかし、注入量が過剰であったり、左右非対称になったり、感染や血管閉塞などの合併症が発生したりした場合に、注入されたヒアルロン酸を速やかに除去または修正する必要があります。このような場合に、ヒアルロニダーゼがヒアルロン酸溶解剤として用いられます。注入部位にヒアルロニダーゼを注入することで、人工的に注入されたヒアルロン酸を分解し、吸収させて、元の状態に戻したり、注入効果を調整したりすることが可能になります。

生体内での重要な役割

ヒアルロニダーゼは、医療や美容への応用だけでなく、ヒトを含む多くの生物の生体内でも重要な生理機能に関与しています。

哺乳類の受精過程: 哺乳類の精子は、卵子と受精する際に、その頭部先端にある「先体（せんたい）」と呼ばれる特殊なリソソーム様構造から、ヒアルロニダーゼを含む様々な加水分解酵素を放出します。これらの酵素が、卵子の最も外側を覆う細胞外マトリックスである「透明帯（とうめいたい）」というヒアルロン酸を主成分とする厚い層を部分的に消化・分解し、精子が透明帯を通過して卵子内部へ侵入するための通路を切り開く役割を担います。これは受精成立に不可欠なプロセスです。
* 一部細菌の病原性: 黄色ブドウ球菌（Staphylococcus aureus）、化膿レンサ球菌（Streptococcus pyogenes）、ウェルシュ菌（Clostridium perfringens）といった一部の病原性細菌も、自らヒアルロニダーゼを産生・分泌します。細菌が産生するヒアルロニダーゼは、宿主の組織間にあるヒアルロン酸バリアを分解することで、細菌が組織内をより容易に拡散・浸潤することを助け、感染の拡大を促進します。これは、これらの細菌が引き起こす感染症の病原性の一因と考えられています。また、宿主の免疫応答から逃れるために、自身の細胞表面にまとったヒアルロン酸を分解することで抗原提示を阻害する（抗原偽装）といった機構にも関与する可能性が示唆されています。

商業的な利用と製剤

医療用や研究用として、様々な起源のヒアルロニダーゼ製剤が商業的に利用されています。古くから用いられてきたのは、ウシの睾丸やヒツジの組織などから抽出された動物由来のヒアルロニダーゼです。代表的な製品にはVitrase、Amphadase、Wydaseなどがあります。近年では、遺伝子組み換え技術を用いて大腸菌やチャイニーズハムスター卵巣細胞（CHO細胞）などで製造された組み換えヒトヒアルロニダーゼ製剤も開発・使用されています。組み換えヒトヒアルロニダーゼは、夾雑物の混入が少なく、動物由来のものに比べてアレルギー反応などのリスクが比較的低いとされています。アメリカ食品医薬品局（FDA）は、組み換えヒトヒアルロニダーゼであるHylenexを2005年12月2日に承認しており、日本でも同様の製剤が使用されています。

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