ピアノソナタ第8番 (シューベルト)

シューベルト：ピアノソナタ第8番 嬰ヘ短調 D 571

フランツ・シューベルトが1817年に作曲したピアノソナタ第8番 嬰ヘ短調 D 571は、彼がこの時期に数多く手掛けた未完成のピアノソナタの一つです。この作品は、シューベルトの死後である1888年にブライトコプフ・ウント・ヘルテル社から出版されましたが、完成しているのは第1楽章の展開部の途中までにとどまっています。そのため、現在では演奏される機会も少なく、あまり広く知られてはいません。

本作は、当時の標準的なソナタ形式の枠組みから逸脱した、実験的な要素を含んでいます。伝統的なソナタ形式における、対照的な性格を持つ第1主題と第2主題、そして提示部と展開部の明確な対比といった骨子が、この作品では意識的に崩されているように見受けられます。こうした形式からの離脱は、シューベルトが新たな表現手法を模索していた証と言えるでしょう。

楽曲の構成と楽想

このソナタは未完であるため、本来の構成は明らかではありません。しかし、音楽学者のハワード・ファーガソンをはじめとする研究者は、シューベルトが同時期に作曲した他のピアノ曲のスケッチとの関連性を指摘しており、それらを組み合わせて4楽章構成のソナタとして補完する試みもなされています。以下では、ファーガソンの補筆に沿って、各楽章に充てられる可能性のある楽想について述べます。

第1楽章 アレグロ（D 571）

嬰ヘ短調、2分の2拍子（アラ・ブレーヴェ）で書かれています。冒頭は2小節の短い序奏で始まります。左手には、後にショパンの作品などでも見られるような、熱情的な雰囲気を醸し出す特徴的な伴奏音形が現れます。右手はオクターヴによる旋律を奏でます。この楽章における第2主題は、明確なコントラストをもって提示されるというよりは、やや不明瞭な形で示されます。また、提示部からニ長調（平行調のイ長調の下属調）へと転調するという、当時の基準からすると新奇とも言える進行を見せます。展開部は半音階的な動きを多用し、右手と左手の音域の交差によって和声的な広がりが生まれます。しかし、この展開部の途中で楽曲は中断されており、未完のままとなっています。

第2楽章 アンダンテ（D 604）

イ長調、8分の6拍子、ソナタ形式の楽想が、この楽章に充てられることがあります。この楽想は、開始部分で平行調である嬰ヘ短調に一時的に移調するなど、原調であるイ長調との間で揺れ動くような表情を見せます。

第3楽章 スケルツォ：アレグロ・ヴィヴァーチェ - トリオ（D 570-2）

ニ長調、4分の3拍子のスケルツォ楽章とされる楽想です。「華やかに」という速度・発想記号が付けられていますが、実際の和声進行は叙情的で美しい響きを持っています。中間部にあたるトリオは変ロ長調です。

第4楽章 アレグロ（D 570-1）

終楽章とされることがあるのは、嬰ヘ短調、4分の2拍子の楽想です。両手の分散和音が主題を形成しています。この楽想もまた未完であり、展開部の途中で終わっています。

まとめ

ピアノソナタ嬰ヘ短調 D 571は、シューベルトがピアノソナタという形式に対して、既存の枠を超えた新しい表現を模索していた時期の作品です。未完ではありますが、その大胆な形式実験や、後に他の作品にも見られるような書法（例えば左手の伴奏音形）の萌芽を見出すことができます。ファーガソンなどの研究によって、他の楽想と関連付けられ、彼の創作の全体像の中で位置づけられることで、この未完のソナタはシューベルトの創造的なプロセスを示す貴重な資料として再評価されています。この作品は、完成された傑作とは異なる視点から、作曲家の試行錯誤や進化の過程に触れる機会を与えてくれます。

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