ピアノ三重奏曲第3番 (ブラームス)

ピアノ三重奏曲第3番 ハ短調 作品101

ヨハネス・ブラームスが作曲した室内楽曲の一つで、ピアノ、ヴァイオリン、チェロのために書かれた3番目のピアノ三重奏曲です。ハ短調、作品101の番号が与えられています。

概要

この楽曲は、1886年の夏にスイスの美しい避暑地、トゥーン湖畔で生み出されました。ブラームスはこの地での数年間にわたる滞在で多くの傑作を創作しており、同時期にはヴァイオリンソナタ第2番、第3番、そしてチェロソナタ第2番といった重要な作品群も誕生しています。ピアノ三重奏曲第3番の初演は、作曲された年の12月20日、ハンガリーのブダペストで行われました。その舞台に立ったのは、ピアノをブラームス自身が担当し、ヴァイオリンをイェネー・フバイ、チェロをダーヴィト・ポッパーという、当時の名手たちでした。

作品はブラームスの創作活動の後期に位置づけられます。この時期の彼のスタイルは、言葉少なながら深い叙情性を湛えた作風が特徴です。しかし、この三重奏曲では、饒舌さを控えた筆致の中にも強い感情のうねりが感じられます。特に冒頭の第1楽章に現れる情熱的な表現や、第3楽章での実験的な拍子の運用からは、彼の尽きぬ創作意欲が鮮やかに感じ取れます。全4楽章で構成され、標準的な演奏時間は約20分です。

興味深い記録として、初演を聴いていたピアニスト、ファニー・デイヴィスが残した当時のテンポ設定があります。彼女の書き記しによれば、第1楽章は4分音符＝104、第2楽章は2分音符＝84から92の間、第3楽章は4分音符＝72（中間部は付点4分音符＝96）、第4楽章は付点4分音符＝120（メノ・モッソの部分は88）であったとされています。これはあくまで一つの記録に過ぎませんが、初演時の演奏の一端を知る手がかりとなります。

楽曲構成

第1楽章：アレグロ・エネルジコ (Allegro energico)

ハ短調、4分の3拍子。ソナタ形式で書かれています。冒頭、序奏なしに力強い第1主題が提示され、続いて変ホ長調の付点リズムを持つ楽想が登場します。変ホ長調の第2主題は、ヴァイオリンとチェロが声を合わせて歌い上げます。展開部では、主に第1主題の素材が集中して扱われ、劇的な展開を見せます。再現部では、提示部で登場した力強い第1主題は姿を現さず、代わりに第2主題がハ長調に転調して再現されるという、やや変則的な構成をとっています。コーダはあたかも第2の展開部であるかのような趣を持ち、楽章を締めくくります。

第2楽章：プレスト・ノン・アッサイ (Presto non assai)

ハ短調、2分の2拍子。短いスケルツォ楽章です。常に弱音器（ミュート）が使用され、どこか陰鬱な雰囲気を纏っています。音楽評論家のドナルド・フランシス・トーヴィーはこの楽章を「怯えた子供のように急ぎ足で進む」と評しました。中間部にあたるトリオはヘ短調ですが、主部との雰囲気の対比はさほど強くなく、むしろその独特なリズムが印象に残ります。

第3楽章：アンダンテ・グラツィオーソ (Andante grazioso)

ハ長調。三部形式による緩徐楽章ですが、その最大の特徴は拍子にあります。4分の3拍子と4分の2拍子とが交代あるいは組み合わされることで生まれる、変則的な拍子（基本的には4分の7拍子）です。この独特なリズムに乗せて、民謡を思わせるような素朴で美しい旋律が歌われます。「クアジ・アニマート（いくらか活発に）」と指示された中間部はイ短調となり、拍子も8分の9拍子と8分の6拍子を組み合わせたような形に変化します。主部の再現に続き、再び中間部の主題が回想された後、簡潔に楽章を終えます。

第4楽章：アレグロ・モルト (Allegro molto)

ハ短調、8分の6拍子。ソナタ形式の終楽章です。ヴァイオリンが奏でるスケルツォ風の第1主題によって開始されます。ト短調で提示される第2主題は、テンポをメノ・モッソ（少し遅く）に落として提示されます。展開部と再現部は形式に則って進みます。コーダでは、それまで短調だった第1主題が晴れやかなハ長調に転じ、全曲を華々しく締めくくります。

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