ピアノ協奏曲 (ディーリアス)
フレデリック・ディーリアスが作曲した《ピアノ協奏曲 ハ短調 RT VII/4》は、その成立に至る過程で度重なる改訂が加えられた複雑な作品です。結果として版ごとに内容が大きく異なり、ディーリアスの作品の中でも特異な位置を占めています。
ディーリアスは1887年にライプツィヒでノルウェーの作曲家エドヴァルド・グリーグと出会って以来、親密な交流を続けていました。同年にはグリーグ自身の《ピアノ協奏曲》の楽譜がディーリアスに贈られています。また、1888年にグリーグがロンドンで自作の協奏曲を演奏して成功を収めたことに触発され、ディーリアスもこの形式に強い関心を抱いたと考えられています。様々な構想を練った後、作曲は進められましたが、実際にピアノと管弦楽のための作品として結実したのは、しばらく間を置いて1897年のことでした。当初はハ短調による「幻想曲」と題され、3つの部分が一続きになった構成で、中間部には変ニ長調のパートが置かれていました。この初期の形は、1898年に作曲者自身とピアニストのフェルッチョ・ブゾーニによって2台ピアノ版で演奏されましたが、残念ながら公開されることはありませんでした。
詳細な理由は定かではありませんが、ディーリアスは間もなくこの幻想曲の改訂に着手します。その結果として3楽章形式のピアノ協奏曲へと姿を変えたものが、1904年に初めて公開の場で演奏されました。この版では、以前変ニ長調の部分であった箇所が独立した楽章となり、さらに終楽章が新たに書き下ろされています。この初演はドイツのエルバーフェルトで行われ、ユリウス・ブーツがピアノ独奏を、ハンス・ハイムが指揮を務めました。当時の評判は良好であったと伝えられています。
しかし、ディーリアスはこの結果にも満足せず、再び改訂に取り組みます。この最終的な改訂では、1904年版で追加された終楽章が破棄され、かつて独立楽章となっていた変ニ長調の部分が第1楽章の中間に戻されるなど、初版に近い構成に戻されました。加えて、ピアノ独奏パートの書法については、ブゾーニの弟子であり優れたピアニストであったテオドール・サーントーの助言を仰ぎ、演奏効果を高めるよう大きく書き改められました。この最終版は1907年10月、ロンドンにおいてサーントーのピアノ独奏によって初演され、彼に献呈されています。
このような複雑な経緯を経て完成されたこと、またピアノ独奏パートに他者の関与があったことなどが要因となり、後年に作曲されたディーリアスの他の協奏曲作品に比べると、広く認知されていない現状があります。
この協奏曲は、ピアノ独奏に加えて、フルート3、オーボエ2、イングリッシュ・ホルン1、クラリネット2、ファゴット2、ホルン4、トランペット2、トロンボーン3、テューバ1、ティンパニ、打楽器、そして弦五部（第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバス）という編成で書かれています。
作品の演奏時間は版によって異なります。1897年の初版は約30分、1904年版は約28分とされていますが、演奏によっては19分や21分といった短縮版も存在します。
ここでは、最も一般的に演奏される最終版（1907年版）の構成について説明します。
第1楽章 モデラート
ハ短調、4分の4拍子、ソナタ形式を基調とします。管弦楽による6小節の短い導入に続き、ピアノが登場します。この導入部は、テンポ指定を除けば全ての版で共通しています。やがてテンポはモルト・トランクィロ（落ち着いて）となり、ピアノと管弦楽の対話の中で叙情的な第2主題が提示されます。これらの主題の一部には、ディーリアスがアメリカ合衆国のフロリダ滞在中に触れた黒人音楽の影響が指摘されています。元のテンポに戻ると、弱音から展開部に入り、ピアノは技巧的なパッセージを交えながら多様な楽想を紡ぎ出します。最終版の特徴として再現部が省略されており、第2主題などを用いて高揚部を築くと、そのまま切れ目なく次の楽章へと繋がります。
第2楽章 ラルゴ
変ニ長調、4分の4拍子。静かで落ち着いたピアノの主題で始まります。第1楽章の冒頭主題が静かに回想された後、様々な音程のピアノの重音に装飾されながら、主題が幻想的に奏でられます。この部分が終わると次第にテンポを上げ、ホルンが力強く主題を奏でます。その後再び穏やかになり、ピアノが主題を静かに再現し、チェロとの対話によって沈静化します。楽章の終盤には技巧的なピアノのパッセージが置かれ、次の楽章へ直接接続されます。
* 第3楽章 マエストーソ
ハ短調、4分の4拍子。全曲の冒頭主題がピアノによって堂々と再現されます。ピアノパートには、幾度も長いグリッサンド、特に三和音による重音のグリッサンドが用いられているのが特徴的です。グリッサンドの後、第2主題が再び現れます。楽曲は大きな盛り上がりを見せますが、唐突に2分の2拍子、ヴィヴァーチェに速度と拍子を変え、ティンパニのリズムに乗ってピアノがアルペジオを奏でます。しかしすぐに4分の4拍子、マエストーソに戻り、両主題を用いたコーダに入ります。最終盤は再びヴィヴァーチェとなり、ティンパニが先ほどのリズムを刻む中、曲はハ長調に転じます。ピアノの華麗な重音奏法によって、輝かしく全曲が閉じられます。
なお、1897年の初版は「アレグロ・ノン・トロッポ - ラルゴ - テンポ・プリモ」という3つの部分からなり、1904年版は「アレグロ・マ・ノン・トロッポ（第1楽章）、ラルゴ（第2楽章）、マエストーソ・コン・モート・モデラート（第3楽章）」という独立した3楽章で構成されていました。このことからも、作品がたどった変遷の大きさがうかがえます。
成立の背景
ディーリアスは1887年にライプツィヒでノルウェーの作曲家エドヴァルド・グリーグと出会って以来、親密な交流を続けていました。同年にはグリーグ自身の《ピアノ協奏曲》の楽譜がディーリアスに贈られています。また、1888年にグリーグがロンドンで自作の協奏曲を演奏して成功を収めたことに触発され、ディーリアスもこの形式に強い関心を抱いたと考えられています。様々な構想を練った後、作曲は進められましたが、実際にピアノと管弦楽のための作品として結実したのは、しばらく間を置いて1897年のことでした。当初はハ短調による「幻想曲」と題され、3つの部分が一続きになった構成で、中間部には変ニ長調のパートが置かれていました。この初期の形は、1898年に作曲者自身とピアニストのフェルッチョ・ブゾーニによって2台ピアノ版で演奏されましたが、残念ながら公開されることはありませんでした。
詳細な理由は定かではありませんが、ディーリアスは間もなくこの幻想曲の改訂に着手します。その結果として3楽章形式のピアノ協奏曲へと姿を変えたものが、1904年に初めて公開の場で演奏されました。この版では、以前変ニ長調の部分であった箇所が独立した楽章となり、さらに終楽章が新たに書き下ろされています。この初演はドイツのエルバーフェルトで行われ、ユリウス・ブーツがピアノ独奏を、ハンス・ハイムが指揮を務めました。当時の評判は良好であったと伝えられています。
しかし、ディーリアスはこの結果にも満足せず、再び改訂に取り組みます。この最終的な改訂では、1904年版で追加された終楽章が破棄され、かつて独立楽章となっていた変ニ長調の部分が第1楽章の中間に戻されるなど、初版に近い構成に戻されました。加えて、ピアノ独奏パートの書法については、ブゾーニの弟子であり優れたピアニストであったテオドール・サーントーの助言を仰ぎ、演奏効果を高めるよう大きく書き改められました。この最終版は1907年10月、ロンドンにおいてサーントーのピアノ独奏によって初演され、彼に献呈されています。
このような複雑な経緯を経て完成されたこと、またピアノ独奏パートに他者の関与があったことなどが要因となり、後年に作曲されたディーリアスの他の協奏曲作品に比べると、広く認知されていない現状があります。
楽器編成
この協奏曲は、ピアノ独奏に加えて、フルート3、オーボエ2、イングリッシュ・ホルン1、クラリネット2、ファゴット2、ホルン4、トランペット2、トロンボーン3、テューバ1、ティンパニ、打楽器、そして弦五部（第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバス）という編成で書かれています。
演奏時間
作品の演奏時間は版によって異なります。1897年の初版は約30分、1904年版は約28分とされていますが、演奏によっては19分や21分といった短縮版も存在します。
楽曲構成
ここでは、最も一般的に演奏される最終版（1907年版）の構成について説明します。
第1楽章 モデラート
ハ短調、4分の4拍子、ソナタ形式を基調とします。管弦楽による6小節の短い導入に続き、ピアノが登場します。この導入部は、テンポ指定を除けば全ての版で共通しています。やがてテンポはモルト・トランクィロ（落ち着いて）となり、ピアノと管弦楽の対話の中で叙情的な第2主題が提示されます。これらの主題の一部には、ディーリアスがアメリカ合衆国のフロリダ滞在中に触れた黒人音楽の影響が指摘されています。元のテンポに戻ると、弱音から展開部に入り、ピアノは技巧的なパッセージを交えながら多様な楽想を紡ぎ出します。最終版の特徴として再現部が省略されており、第2主題などを用いて高揚部を築くと、そのまま切れ目なく次の楽章へと繋がります。
第2楽章 ラルゴ
変ニ長調、4分の4拍子。静かで落ち着いたピアノの主題で始まります。第1楽章の冒頭主題が静かに回想された後、様々な音程のピアノの重音に装飾されながら、主題が幻想的に奏でられます。この部分が終わると次第にテンポを上げ、ホルンが力強く主題を奏でます。その後再び穏やかになり、ピアノが主題を静かに再現し、チェロとの対話によって沈静化します。楽章の終盤には技巧的なピアノのパッセージが置かれ、次の楽章へ直接接続されます。
* 第3楽章 マエストーソ
ハ短調、4分の4拍子。全曲の冒頭主題がピアノによって堂々と再現されます。ピアノパートには、幾度も長いグリッサンド、特に三和音による重音のグリッサンドが用いられているのが特徴的です。グリッサンドの後、第2主題が再び現れます。楽曲は大きな盛り上がりを見せますが、唐突に2分の2拍子、ヴィヴァーチェに速度と拍子を変え、ティンパニのリズムに乗ってピアノがアルペジオを奏でます。しかしすぐに4分の4拍子、マエストーソに戻り、両主題を用いたコーダに入ります。最終盤は再びヴィヴァーチェとなり、ティンパニが先ほどのリズムを刻む中、曲はハ長調に転じます。ピアノの華麗な重音奏法によって、輝かしく全曲が閉じられます。
なお、1897年の初版は「アレグロ・ノン・トロッポ - ラルゴ - テンポ・プリモ」という3つの部分からなり、1904年版は「アレグロ・マ・ノン・トロッポ（第1楽章）、ラルゴ（第2楽章）、マエストーソ・コン・モート・モデラート（第3楽章）」という独立した3楽章で構成されていました。このことからも、作品がたどった変遷の大きさがうかがえます。
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