ピアノ協奏曲第1番 (ブラームス)

ブラームス：ピアノ協奏曲第1番 ニ短調 作品15

ヨハネス・ブラームスが作曲した《ピアノ協奏曲第1番 ニ短調 作品15》は、彼の初期の代表的な作品の一つであり、初めて完成させた協奏曲です。管弦楽曲としては、《セレナード第1番》に続いて書かれ、1857年にその姿を現しました。

原語での名称はドイツ語でKonzert für Klavier und Orchester Nr. 1 d-Moll op. 15といいます。作曲は1854年から1857年にかけて行われました。

初演は1859年1月22日、ハノーファーで行われ、独奏ピアノは作曲者自身のブラームス、指揮は親友のヨーゼフ・ヨアヒムが務めました。しかし、完成当時の作品の評価は必ずしも高くありませんでした。ハノーファーでの初演は一定の成功を収めたものの、その5日後にライプツィヒで行われた演奏会では、聴衆から退屈だという非難の野次が飛んだといわれています。ブラームスは後にヨアヒムへ宛てた手紙で「私はただわが道を行くだけです」と書き送っていますが、その一方で「それにつけても野次の多さよ！」と悲しみをにじませる言葉も添えています。

作曲の道のり

この協奏曲は、最初からピアノ協奏曲として構想されていたわけではなく、紆余曲折を経て現在の形に至りました。原型となったのは、1854年3月に3楽章構成の《2台のピアノのためのソナタ》として書き上げられたものです。

ブラームスは、クララ・シューマンとこのソナタを何度か試奏するうちに、ピアノ二重奏という形態に不満を感じ始めました。そこで1854年7月には交響曲へと書き直そうと試み、オーケストレーションに取りかかりますが、この作業も難航します。しかし、1855年2月に「協奏曲にするのはどうか」という閃きを得たことで、現在の作品の外形が定まりました。ただし、この時点での第2楽章は最終的に採用されたものとは異なるスケルツォ楽章でした。

その後、クララ・シューマンやヨーゼフ・ヨアヒムといった信頼できる人々の助言を受けながら、ブラームスは納得のいくまで改訂を重ねます。クララの手紙によれば、第1楽章は1856年10月1日に完成し、ブラームスの私信からはフィナーレが12月に、そして新たに書き起こされた第2楽章が1857年1月に完成したことがうかがえます。

作品の特性

この協奏曲には、初期の短調で書かれた室内楽曲に見られるような、懊悩や煩悶、そして激しい情熱といった、後年のブラームス作品ではあまり顕著でない感情表現が色濃く表れています。これは、作曲時期にブラームスが個人的な内面の危機に直面していたことが大きく影響していると考えられます。特に1856年には恩師ロベルト・シューマンがこの世を去り、残された書簡などから、ブラームスが未亡人となったクララに対して恋愛感情を抱いていた可能性も指摘されています。

また、初演当時25歳というブラームスの若さもあってか、この作品にはいくつかの冒険的な要素が見られます。例えば、伝統的な協奏ソナタ形式ではオーケストラが提示する第2主題を、第1楽章ではピアノ独奏が提示するという手法や、19世紀のヴィルトゥオーゾ協奏曲のようにオーケストラを単なる伴奏として扱うのではなく、独奏楽器とオーケストラが効果的に対話することで、シンフォニックな融合を目指した点などが挙げられます。もっとも、このシンフォニックな融合の理想は、本作で完全に実現されたわけではなく、後のヴァイオリン協奏曲やピアノ協奏曲第2番でより具現化されることになります。

古典的な3楽章構成を採用しながらも、全体の演奏時間、特に第1楽章が一般的な協奏曲の概念からすると非常に長大であることや、完成当初から「ピアノ助奏つきの交響曲」と評されたように、同時代の同種の作品に比べて内容が重厚でピアノがあまり前面に出ない点は異例でした。さらに、成熟期の作品と比べると管弦楽法にはまだ未熟な部分があり、特に楽器間のバランスに課題を抱えていることも否めません。

しかし、先に述べたブラームスの初期作品ならではの情熱的表現をはじめとする、管弦楽法の未熟さなどの欠点を補って余りある魅力に加え、作曲様式においては（クララ・シューマンらの助言も取り入れられた結果）非常に練り上げられた作品となっています。時間の経過とともに作品の評価は高まっていき、現在ではその壮大な古典主義的な構想や、見栄えのするピアノの超絶技巧、そして初期作品ならではの気魄に満ちた情熱的な表現などから、ブラームスの初期を代表する傑作として広く認識されています。

楽器の扱いと編成

「ピアノ助奏つきの交響曲」という評価がある一方で、後年のピアノ協奏曲第2番と比較すれば、ピアニストの技量を示すための技巧的なパッセージも少なくありません。多くの著名なピアニストがレパートリーとしていますが、ブラームス自身が極めて優れたピアニストであったため、技術的には難しい部類に入ります。特に第1楽章には、「ブラームスのトリル」として有名な、右手の親指と薬指でオクターヴを演奏しながら、小指でその一つ上の音を同時に素早く打鍵するという非常に難易度の高いトリルが登場します。これは薬指と小指に大きな負担をかけるため、左右の手で交互にオクターヴを演奏する代用的な奏法を用いるピアニストもいます。

オーケストラの楽器法においては、ブラームスの楽器に対する好み、特にホルンやティンパニへの関心が早くも表れています。しかし、これらのパートも演奏が非常に難しいことで知られています。

編成は、独奏ピアノ、フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、トランペット2、ホルン4、ティンパニ、弦五部（ヴァイオリン第一部、ヴァイオリン第二部、ヴィオラ、チェロ、コントラバス）という、当時の標準的な二管編成にホルンが増強された規模となっています。

演奏時間と楽章構成

当時の協奏曲としては非常に長く、全曲で50分近くにも及ぶ長大な作品です。

第1楽章：Maestoso ニ短調 6/4拍子
約20〜25分。協奏的ソナタ形式で書かれています。通常使われるAllegroのような速度標語ではなく、Maestoso（堂々と、威厳をもって）とのみ記されているのは極めて珍しい例です。楽曲はティンパニのロールとオーケストラの和音に乗って変ロ長調で開始され、経過句になってようやく主調であるニ短調へ向かいます。このような出だしで調性を意図的に曖昧にする手法は、ブラームスの作品にしばしば見られます。変ロ短調の副主題を経て、夜想曲のような雰囲気でピアノ独奏が始まります。第2主題はヘ長調で、ピアノ独奏によって提示されます。展開部では主に第1主題が展開され、再現部は定石とは異なりイ短調で第1主題が再現された後に主調へと戻ります。副主題、第2主題の再現を経て、副主題の音価を短くした激しいコーダで締めくくられます。この楽章には独奏カデンツァは置かれていません。

第2楽章：Adagio ニ長調 6/4拍子
約15〜18分。三部形式。主部は弦楽器とファゴットによって奏される下降音形を特徴としていますが、中間部ではピアノによる力強い対比が生まれます。曲の終わりには短い独奏カデンツァがあります。この楽章には、ラテン語の祈祷文である「ベネディクトゥス」（祝福されたもの、の意）の一節が引用されているとも伝えられており、これはシューマンの死後の安寧を祈ったもの、あるいは夫を喪ったクララ・シューマンの悲しみを慰めようとしたものなど、様々な解釈がされています。ブラームス自身は、クララに宛てた手紙の中で、この楽章について「あなたの穏やかな肖像画を描きたいと思って書いた」と述べています。

* 第3楽章：Rondo: Allegro non troppo ニ短調～ニ長調 2/4拍子
約11〜14分。バロック風のピアノによるロンド主題を中心としたロンド形式（ABACAB）で構成されています。2つの副主題は、ロンド主題から派生したものと考えられています。中間部では副主題を用いたフゲッタが展開されます。ロンド主題の再現後、2つの独奏カデンツァが置かれています。最初のカデンツァを経てニ長調に転じ、ロンド主題がテンポを緩めて再現された後、第2のカデンツァを経てPiu animato（より生き生きと）となり、華々しく楽曲を締めくくります。

この作品は、ブラームスの初期の葛藤と情熱、そして彼が追求したシンフォニックな協奏曲像が色濃く反映された、聴き応えのある大作と言えるでしょう。

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