ピアノ協奏曲第2番 (ヒナステラ)

ピアノ協奏曲第2番 作品39

アルベルト・ヒナステラが1972年に完成させたピアノ協奏曲第2番 作品39は、作曲家がキャリアの最終盤に手がけた重要な作品として位置づけられます。この前年にはチェリストのアウロラ・ナトラと結婚し、この曲の作曲後まもなく、ヒナステラは故郷アルゼンチンを離れ、イタリアのジェノヴァへと居を移しました。この時期、彼は「新印象主義」と称する自身のスタイルを模索しており、新ウィーン楽派のセリエル音楽を取り入れ、十二音技法を駆使するとともに、四分音や偶然性の要素も柔軟に活用していました。しかし、これらの現代的な技法はヒナステラ独自の感性によって消化されており、その響きはアルバン・ベルクやアルノルト・シェーンベルクといった先達とは一線を画す個性を持っています。

この協奏曲は、ピアニストのヒルデ・ゾマーからの求めに応じ、インディアナポリス交響楽団が委嘱したものです。作品はゾマーに献呈され、1973年3月22日にインディアナポリスにおいて、ゾマーのピアノ独奏、アイズラー・ソロモンの指揮、インディアナポリス交響楽団の演奏によって世界初演が実現しました。

楽器編成

独奏ピアノに加え、以下の編成が指定されています。

フルート3（うち1人はピッコロ持ち替え）
オーボエ3（うち1人はコーラングレ持ち替え）
クラリネット3（うち1人はバスクラリネット持ち替え）
ファゴット3（うち1人はコントラファゴット持ち替え）
ホルン4
トランペット4
トロンボーン4
テューバ
ティンパニ
打楽器3人
ハープ
チェレスタ
* 弦五部

楽曲構成

全4楽章から成り、全体の演奏時間は約35分です。

第1楽章：32の変奏曲 ベートーヴェンの和音の上で（32 Variazioni Sopra un accordo di Beethoven）

ベートーヴェンの交響曲第9番 第4楽章において、バス独唱が「O Freunde, nicht diese Töne!（おお友よ、このような音ではない！）」と歌い始める直前の208小節目に現れる、7つの音から成る不協和音を楽章全体の基礎としています（F-A-D-C#-E-G-Bb）。この7音にさらに5音（C-­Eb-Gb-Ab-B）を加え、完全な12音音列が構築されています。この音列は楽章冒頭、ピアノと弦楽器による印象的な上昇音型として提示されます。また、「32」という変奏の数は、ベートーヴェンのピアノ作品である創作主題による32の変奏曲 WoO.80へのオマージュを彷彿とさせます。個々の変奏の中にはわずか数秒で終わるものもあり、これらはテンポによって5つのグループに分類されています。ダイナミックで速い第1群（1-8変奏）、第3群（13-20変奏）、第5群（25-32変奏）と、よりゆったりとした第2群（9-12変奏）、第4群（21-24変奏）が交互に配置される構成を取っています。楽章の終結部では、冒頭のベートーヴェン由来の和音が再び響き渡り、音楽は静寂の中へと消え去ります。

第2楽章：左手のためのスケルツォ（Scherzo per la mano sinistra）

この楽章の最大の特徴は、ピアノ独奏が左手のみを用いて演奏される点にあります。光と影が交錯するような幻想的な音楽が展開し、ヒナステラならではの打楽器群と弱音器をつけた弦楽器による、色彩豊かでどこか異国情緒を感じさせるオーケストレーションによって彩られています。

第3楽章：幻想曲風に（Quasi una fantasia）

楽章名に冠された「Quasi una fantasia」は、ベートーヴェンのピアノソナタ 作品27（特に第14番「月光」）への言及であり、自由な形式で書かれています。楽章は、即興的なひらめきを感じさせる部分と、12音音列を基にした幻想的な部分が交錯しながら進んでいきます。

第4楽章：カデンツァとプレスティッシモのフィナーレ（Cadenza e finale prestissimo）

作曲者自身が「輝かしいファンファーレ」と形容した、管弦楽を伴うピアノのカデンツァで幕を開けます。「マエストーソ・エ・ドラマティコ（荘厳に、そして劇的に）」と指示されたこの導入部では、ピアノはティンパニや他の打楽器のみならず、弦楽器や木管楽器とも対等に渡り合う「打楽器」として扱われ、その音量はほとんど常にフォルティッシモ（非常に強く）以上を保ちます。この圧倒的なカデンツァは、息つく間もないプレスティッシモ（非常に速く）のフィナーレへと移行します。フィナーレは大きく5つの部分（第1部分、推移、中間の第3部分、再現部、コーダ）で構成されます。特に中間の第3部分では、フレデリック・ショパンのピアノソナタ第2番（葬送）の終楽章から引用された11音の旋律が現れるのが特徴的です。また、第2楽章のスケルツォを回想する箇所も現れますが、ここではピアノは両手を用いて演奏されます。

評価

世界初演に際して、『インディアナポリス・スター』紙の音楽評論家パトリック・コービンは、この作品を「現代的な感性に溢れる華麗で打楽器的な作品であり、独奏パートには目が眩むような超絶技巧が求められる」と評しました。また、2016年のシャイン・ワンとBBCフィルハーモニックによる録音に対する『グラモフォン』誌の評論で、アンドリュー・ファラック＝コルトンは、「主題素材がベートーヴェンの第9交響曲冒頭における不協和音、あの砕き割るような和音に由来する」ことを指摘しつつ、「作品全体を通して、過去を振り返りながらも決然と前を向くような、いじらしい感覚を覚える」と述べています。彼はさらに、「私は以前、この作品をヒナステラのより有名な第1協奏曲よりも劣ると考えていたが、この録音によって真剣に考えを改めることになった」と付け加え、本作の価値を再認識するに至った経緯を語っています。

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