ピアノ協奏曲第3番 (チャイコフスキー)

チャイコフスキー ピアノ協奏曲第3番 変ホ長調 作品75

チャイコフスキーのピアノ協奏曲第3番は、彼の最晩年に作曲された未完の作品です。当初は交響曲として構想されたものの、作曲者自身の死によって第1楽章「アレグロ・ブリランテ」のみが完成し、遺作として出版されました。

交響曲『人生』からの転生

チャイコフスキーは当初、交響曲『人生』を構想していました。しかし、この構想を破棄し、ピアノ協奏曲として再構成することを決意します。この背景には、交響曲第5番の成功後に自身の内面を表現しようとした苦悩があったと言われています。しかし、完成を前にチャイコフスキーは亡くなり、第1楽章のみが作品75として出版されることになりました。

タネーエフによる補筆

チャイコフスキーの死後、弟子のセルゲイ・タネーエフが、残されたスケッチを基に緩徐楽章と終楽章を補筆・編集し、『アンダンテとフィナーレ』として出版しました（作品79）。この補筆によって、未完だった協奏曲に新たな命が吹き込まれました。

複雑な成立史

この作品の複雑な成立過程は、チャイコフスキーが交響曲第5番の大成功後に、自己表現を模索する中で経験した苦闘を映し出しています。最終的にこの試みが結実したのは、交響曲第6番『悲愴』でした。また、この協奏曲やタネーエフ編の『アンダンテとフィナーレ』を基に、当初の『人生』交響曲を再構成する試みも行われています。その一つとして、セミヨン・ボガティレフによる4楽章の交響曲第7番や、ピョートル・クリモフによる3楽章の交響曲『ジーズニ』が挙げられます。

『人生』交響曲の構想

チャイコフスキーは、創作意欲が非常に旺盛な人物でした。彼は、交響曲第5番の完成後、次の作品として大規模な交響曲を構想していました。その構想の中心には、「人生」というテーマがありました。当初、各楽章には、「仕事への衝動」「愛」「落胆」「死」という標題が与えられていましたが、実際に作曲に取り掛かると、これらの多くが破棄されることになります。しかし、この過程で生まれた音楽素材は、のちにピアノ協奏曲第3番へと転用されることになります。

交響曲から協奏曲へ

チャイコフスキーは、交響曲を断念した理由について、内省の欠如と、個人的感情の表現が見られない点を挙げています。しかし、この交響曲の音楽素材を再利用することを思い立ち、ピアノ協奏曲への転用を試みます。この転身には、ロンドンで再会したピアニスト、ルイ・ディエメの存在が大きく影響したと考えられています。ディエメは当時のフランスを代表するピアニストであり、チャイコフスキーの作品に興味を示していました。

作品の評価

ピアノ協奏曲第3番は、チャイコフスキー自身が満足のいく作品ではなかったという記録が残っています。彼は、この協奏曲の独奏パートに超絶技巧が欠けていると感じていたようです。また、この作品は、交響曲の素材をピアノ協奏曲に編曲したことで、本来の魅力を十分に引き出せていないという指摘もあります。しかし、この作品には、チャイコフスキーの音楽的な才能と、独自の旋律美が十分に発揮されています。

楽器編成と演奏時間

この協奏曲の楽器編成は、フルート3（3番はピッコロ持ち替え）、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン4、トランペット2、トロンボーン3、チューバ、ティンパニ（3個）、弦5部です。演奏時間は約14分です。

楽曲構成

第1楽章：アレグロ・ブリランテ

ファゴットによる主要主題の提示で曲は開始され、ソリストがすぐに続きます。提示部は3つの主題による形式で構成されており、第1主題の後に続く経過句は、引き締まった印象を与えます。しかし、モースによれば、トゥッティによる開始主題と主調の確保の後、すぐに緊張感が解き放たれてしまいます。展開部では、第1主題から生き生きとした楽想が抜き出され、全音音階をなすバスの上で敷衍され、より刺激的なものとなります。また、第1主題の断片の拡大がカデンツァに先立つ雄大なカンタービレのパッセージを形成する部分も注目に値します。カデンツァは創造性にやや欠け、第2主題の第1楽節にほぼ支配されています。再現部は第1主題を入念に変形し、3小節目で新しい展開が始まります。コーダでは、ピアノが新たな展開を始め、先立って割愛された楽想が発展するときの対旋律となります。チャイコフスキーは、独奏パートをディエメの演奏スタイルに合わせて仕立てていたと考えられます。

第2楽章以降

チャイコフスキーは第2・第3楽章を完成させておらず、タネーエフが補筆した『アンダンテとフィナーレ』が演奏されることが一般的です。

まとめ

チャイコフスキーのピアノ協奏曲第3番は、未完の作品でありながら、その音楽的な価値は非常に高いものです。作曲家自身の苦悩や葛藤が反映されているこの作品は、聴く者に深い感動を与えます。また、タネーエフによる補筆によって、未完の協奏曲に新たな魅力が加えられ、現在でも多くの人々に愛されています。

参考文献

Brown, David, Tchaikovsky: The Final Years (New York: W. W. Norton & Company, 1992)
Hanson, Lawrence and Elisabeth, Tchaikovsky: The Man Behind the Music (New York: Dodd, Mead & Company)
Poznansky, Alexander, Tchaikovsky's Last Days (Oxford: Oxford University Press, 1996)
Poznansky, Alexander Tchaikovsky: The Quest for the Inner Man (New York: Schirmer Books, 1991),
Poznansky, Alexander. Tchaikovsky Through Others' Eyes (Bloomington: Indiana University Press, 1999)
Schonberg, Harold C., The Great Pianists
Warrack, John, Tchaikovsky Symphonies and Concertos (Seattle: University of Washington Press, 1969)

外部リンク

Piano Concerto No.3, Op.75の楽譜 - 国際楽譜ライブラリープロジェクト)
Piano Concerto No.3, Op.75 - 『Musopen』より
Piano Concerto No. 3 - 『Tchaikovsky Research』より

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