ピアノ協奏曲第4番 (プロコフィエフ)

プロコフィエフ：ピアノ協奏曲第4番変ロ長調作品53

セルゲイ・プロコフィエフの《ピアノ協奏曲第4番変ロ長調作品53》は、20世紀の重要なレパートリーの一つでありながら、その誕生と初演には特異な背景を持つ作品です。この協奏曲は、第一次世界大戦で右腕を失い、左手のみでの演奏を余儀なくされたオーストリアのピアニスト、パウル・ヴィトゲンシュタインからの依頼に応えて書かれました。そのため、ピアノ独奏パートは左手だけで演奏されるよう作曲されており、「左手のためのピアノ協奏曲」として知られています。

作曲から波乱の初演まで

戦傷を負った後もピアニストとしての道を諦めなかったヴィトゲンシュタインは、左手のための新たなレパートリーを開拓すべく、当時の多くの著名な作曲家たちにオリジナル作品の作曲を委嘱しました。プロコフィエフもその一人として指名され、1931年にこの第4協奏曲を完成させました。

しかし、完成した楽譜を受け取ったヴィトゲンシュタインは、礼状で感謝の言葉を述べつつも、「作品を全く理解できないため演奏しない」と述べ、実際にこの協奏曲を演奏会で披露することはありませんでした。この拒絶はプロコフィエフに失望を与えたと言われていますが、ヴィトゲンシュタインがこの作品を演奏しなかった真の理由は、彼の技術では演奏困難なほどに難易度が高かったためではないかという推測も存在します。いずれにせよ、この出来事により、本作はプロコフィエフが完成させた5曲のピアノ協奏曲の中で、彼の生前に一度も公開演奏されなかった唯一の作品となってしまいました。プロコフィエフ自身は優れたピアニストであり、他の協奏曲は全て自身の手によって初演を行っています。

プロコフィエフは生前、この第4協奏曲を自身の初期のチェロ協奏曲第1番と同様に成功作とは見なしていなかったようで、両手のための版への改訂を示唆することもあったと言われています。しかし、チェロ協奏曲が後に大規模に改作され、《交響的協奏曲》として生まれ変わったのとは異なり、このピアノ協奏曲の改訂版が実現することはなく、構想のみで終わりました。

作品が初めて公の場で演奏されたのは、作曲者没後の1956年9月5日、西ベルリンでのことでした。ソロ・ピアニストはドイツのジークフリート・ラップ、指揮はマルティン・リッヒ、演奏はベルリン放送交響楽団（現在のベルリン・ドイツ交響楽団）でした。ラップもまた、第二次世界大戦で右手を失い、左手のみで演奏活動を継続しようとしていたピアニストでした。彼は左手のためのレパートリーを模索する中で、プロコフィエフの作品目録にこの協奏曲の存在を見出し、未亡人ミーラに連絡を取って楽譜を入手。これが、実に作曲から25年もの時を経て、この作品が日の目を見るきっかけとなったのです。

現在の受容とラヴェル作品との比較

現在では、一時的または恒久的に右手の使用が困難になったピアニストが、復帰や特別演奏の舞台でこの作品を取り上げることがあります。しかし、同じくヴィトゲンシュタインのために書かれたモーリス・ラヴェルの《左手のためのピアノ協奏曲》に比べると、演奏される機会は残念ながらそれほど多くないのが現状です。

楽器編成と楽曲構成

本作の楽器編成は、フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン2、トランペット1、トロンボーン1、バスドラム、そして独奏ピアノと弦五部（第1・第2ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバス）です。同じくヴィトゲンシュタインの委嘱によるラヴェルやリヒャルト・シュトラウスの協奏作品と比較すると、オーケストラの規模は比較的小編成と言えます。

楽曲は全体で約25分程度の演奏時間を持ち、以下の4つの楽章から構成されています。

1. ヴィヴァーチェ （約4～5分）
2. アンダンテ （約9～13分）
3. モデラート （約8～9分）
4. ヴィヴァーチェ （約1～2分）

プロコフィエフは一時期、「マクロ・フォーム」と呼ばれる構想に関心を寄せており、全楽章で一つの大きなソナタ形式を形成するような音楽を追求していました。この作品においても、その思想が反映されており、特に第4楽章は第1楽章の主要主題や要素を凝縮・要約した形として現れています。また、比較的短い第1楽章を、続く重要な第2楽章への前奏曲として解釈することも可能です。

この協奏曲の音楽的な核は、おそらく第2楽章のアンダンテにあります。この楽章は内省的で深い情感に満ちており、プロコフィエフにしては珍しいロマンティックな響きを持っています。第3楽章は、主題が大胆に変形された、複雑なソナタ形式によって構築されています。作品の終結は独特で、ピアノがピアニッシモ（非常に弱く）で、鍵盤の非常に高い領域にある変ロ音（国際式表記でB♭7）へと駆け上がり、そのまま静かに消え入るように終わります。

日本における受容と編曲版

日本においては、作曲家・評論家の菅原明朗がこの作品の吹奏楽とピアノのための編曲を手がけました。1968年に行われた日本初演（ピアノ独奏：伊藤普子、演奏：大阪市音楽団）は、この菅原版によって行われています。菅原はオリジナルのオーケストラ譜が入手困難だったため、二台ピアノのための編曲版を元にこの吹奏楽版を作成したとされています。彼はこの第4協奏曲をプロコフィエフの最高傑作の一つと高く評価していました。