ピエール・フルニエ

ピエール・レオン・マリ・フルニエ（Pierre Léon Marie Fournier, 1906年 6月24日 - 1986年 1月8日）は、フランスを代表するチェリストです。「チェロのプリンス」と称されるその優雅なスタイルと深みのある音楽性で、20世紀のクラシック音楽界に大きな足跡を残しました。彼はソリストとしてオーケストラとの共演を重ねる一方、熱心な室内楽奏者としても活躍し、また教育者として後進の指導にもあたっています。

生涯

幼少期からチェリストへの道

1906年、パリに生まれたフルニエは、芸術家や軍人を輩出した家庭環境に育ちました。彫刻家だった祖父、コルシカ総督も務めた軍人の父、そしてピアニストの母のもと、幼い頃は母からピアノの手ほどきを受けます。しかし9歳の時に小児麻痺を患い、右足に麻痺が残ったため、ピアノの道を断念してチェロへと転向しました。この運命的な転換が、彼を偉大なチェリストへの道へと導きます。12歳でパリ音楽院に入学し、ポール・バズレールやアンドレ・エッキングに師事。さらに、当時すでに巨匠として名を馳せていたパブロ・カザルスからも助言を得る機会がありました。音楽院では研鑽を積み、5年後に首席で卒業。その後もバズレールのもとで学び続け、1924年にパリで本格的なデビューを飾ります。

国際的な活躍

デビューから数年後の1927年には、コロンヌ管弦楽団のソリストとして迎えられ、フランス国内はもとよりヨーロッパ各地で演奏活動を開始しました。特に1934年のベルリン・フィルハーモニー管弦楽団との共演は大きな成功を収め、彼の名を国際的に高めるきっかけとなります。第二次世界大戦後、彼のキャリアは一層飛躍し、1948年にはアメリカでのデビューを果たしました。これ以降、毎年のようにアメリカで演奏会を開き、その名声は世界的なものとなりました。

オーケストラとの共演だけでなく、フルニエは室内楽にも深い愛情を注いでいました。1928年にはヴァイオリニストのガブリエル・ブイヨン、ピアニストのヴラド・ペルルミュテールとトリオを結成。また、ピアニストのアルフレッド・コルトーやヴァイオリニストのジャック・ティボーといった当時の名手たちとも頻繁に共演しています。戦後には、ヴァイオリニストのヨゼフ・シゲティ、ヴィオラ奏者のウィリアム・プリムローズ、ピアニストのアルトゥル・シュナーベルという錚々たる顔ぶれと共にカルテットを結成し、1947年の第1回エディンバラ音楽祭をはじめ、ヨーロッパ各地で演奏を行いました。このカルテットはシューベルトとブラームスの室内楽作品を網羅的に演奏し、メンバーのシゲティは「最高の音楽体験だった」と述べています。シュナーベルは、フルニエのアメリカデビューに際して積極的に宣伝を行うなど、彼のキャリア発展を側面から支えました。さらに、ピアニストのヴィルヘルム・ケンプ、ヴィルヘルム・バックハウス、アルトゥール・ルービンシュタイン、フリードリヒ・グルダなど、数多くの著名な演奏家とデュオを組みました。特にヴィルヘルム・ケンプとは親交が深く、1954年の日本ツアーでは偶然来日していたケンプと合流し、予定外の特別演奏会を開催したエピソードは有名です。

教育活動と晩年

演奏活動と並行して、フルニエは教育活動にも力を入れました。1937年から3年間、エコールノルマル音楽院でチェロと室内楽を教え、1941年には母校であるパリ音楽院に招かれます。しかし、多忙を極める演奏活動のため、1949年にはパリでの教職を辞しました。1956年以降はスイスのジュネーヴに居を移し、ここを活動の拠点とします。晩年に至るまで、ジュネーヴやチューリヒで毎夏マスタークラスを開き、世界中から集まる若いチェリストたちを指導しました。ピアニストとして活躍した息子のジャン・フォンダ（本名ジャン・ピエール）も、しばしば父と共に学生を指導しています。現役のチェリストとして世界中を飛び回っていたフルニエですが、1986年 1月8日、79歳で急逝しました。同年には日本での最後のリサイタルが予定されていましたが、実現することはありませんでした。

人物像と交友関係

弟子のリチャード・マークソンは、フルニエを「非常に内気で控えめな人物」と評していますが、同時に「さりげないユーモアの持ち主」でもあったと語っています。ドヴォルザークのチェロ協奏曲の緩徐楽章をレッスンで演奏した際、夫人が「感動的だった」と述べたのに対し、「みんな私のテンポの遅い楽章が好きだと言うが、他の楽章には何か問題があるのだろうか」と返したという逸話からは、彼の控えめながらも皮肉の効いたユーモアセンスがうかがえます。ヴィルヘルム・ケンプ、ヴィルヘルム・フルトヴェングラー、ヘルベルト・フォン・カラヤン、ラファエル・クーベリックといった錚々たる指揮者や演奏家と親しく交流しました。特に同じチェリストであるムスティスラフ・ロストロポーヴィチとは国際コンクールで共に審査員を務めるなど親交を深め、ロストロポーヴィチの指揮でリヒャルト・シュトラウスの交響詩『ドン・キホーテ』を演奏することもありました。

家族

フルニエは二度結婚しており、最初はチェリストのグレゴール・ピアティゴルスキーの前夫人、リディア・アンティクと、晩年には日本人の女性と結ばれました。ピアニストとなった息子のジャン・ピエールは、ジャン・フォンダという名前で音楽活動を行い、父ピエールとの共演も頻繁に行っています。

幅広いレパートリーと教育理念

フルニエは、古典派からロマン派に至る標準的なレパートリーに加え、同時代の作品にも積極的に取り組みました。ボフスラフ・マルティヌー、オットマール・シェック、フランシス・プーランクなど、様々な作曲家の作品を演奏しています。ブラジルを代表する作曲家ヴィラ＝ロボスは、フルニエ、ロストロポーヴィチ、カサドのために『3台のチェロのための協奏曲』を作曲することを約束しましたが、これは実現しませんでした。また、1972年には自身の手でヨハン・ゼバスティアン・バッハの『無伴奏チェロ組曲』全曲の演奏譜を校訂し、出版しています。

教育者としての彼は、生徒たちに「ベルベットのように柔らかく流れるような音色」を追求することを求め、また弓を持つ手や腕の自由な動きを重視しました。練習方法としては、ヴァイオリンの練習曲で知られるシェフチクの教則本がボーイング技術の習得に有効であると説いています。弟子の回想からは、一人ひとりの個性に合わせた指導を行い、音楽におけるリズムの重要性を強調する一方で、過度なルバートの使用を戒めていたことがうかがえます。国際的な舞台でも、1957年の第1回パブロ・カザルス国際コンクールや1962年のチャイコフスキー国際コンクールなど、主要なコンクールで審査員を務め、若い才能の発見と育成にも貢献しました。

評価と顕彰

その高貴で洗練された演奏スタイルから、「チェロのプリンス」「チェリストの貴族」と称されました。チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団のチェリストだったユリウス・ベッキは、フルニエを「フランスのチェロ芸術を完全な名人芸の域に高めた」人物と評価しています。しかし、すべての評価が一致していたわけではなく、ヴァイオリニストのナタン・ミルシテインのように、彼を優れたチェリストとしつつも他の巨匠と比較する見方もありました。また、晩年、特に1960年代以降の演奏においては、音程やボウイングの精度に衰えが見られたという指摘も存在します。同じフランスの偉大なチェリストであるポール・トルトゥリエとは、互いを認め合う仲の良いライバル関係だったと言われており、互いの演奏を讃え合う機知に富んだやり取りのエピソードが伝えられています。フルニエは長年の功績に対し、フランス政府からレジオン・ドヌール勲章を授与されています。

ピエール・フルニエは、その洗練された芸術性、幅広いレパートリー、そして後進の指導への情熱をもって、世界のチェロ界に不朽の遺産を残しました。彼の録音は今なお多くの音楽愛好家に聴き継がれています。

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