ピサ大学

概要

イタリア中部トスカーナ州のピサに位置するピサ大学（Università di Pisa）は、イタリアで最も歴史のある大学の一つです。公式には1343年9月3日にローマ教皇クレメンス6世の勅令をもって設立されたとされています。

ピサ大学は、ピサ高等師範学校（Scuola Normale Superiore）、聖アンナ高等師範学校（Scuola superiore di studi universitari e di perfezionamento Sant'Anna）といった国内トップレベルの機関と共に「ピサ大学システム」を構成していますが、これら二つの高等師範学校はそれぞれ独立した教育研究機関であり、ピサ大学とは異なる組織です。

教育・研究活動は幅広い分野にわたりますが、特に自然科学や工学分野の学部・大学院課程は高い評価を得ています。例えば、コンピュータサイエンスのコースは1960年代にイタリア国内で初めて開設されました。また、航空宇宙工学の修士課程には、イタリアで初めて英語で提供されたコース（EuMAS、MSSE）があり、国際的な教育も積極的に行われています。大学には、1544年に設立されたヨーロッパ最古とされる学術植物園、ピサ植物園（Orto botanico di Pisa）が付設されており、教育・研究に活用されています。

現在の学生数は学部生と修士課程で約53,000人、博士課程および専門研究課程で約3,500人、合計約57,000人に上ります。

歴史

ピサ大学の起源については諸説あり、公式な設立は1343年とされていますが、一部の学者によれば11世紀にまで遡ると考えられています。最も古い記録は1338年に遡り、高名な法学者たちが市の支援を受け、市民向けの公開講義を行っていた「ストゥディウム（Studium）」の存在が確認されています。

このピサのストゥディウムは、1343年9月3日に発せられたローマ教皇クレメンス6世の勅書『In supremae dignitatis』によって、教皇および皇帝から認可された「ストゥディウム・ゲネラレ（普遍的な学びの場）」として正式に認められました。初期の講義科目は神学、民法、教会法、医学などでした。1355年には、ダンテの『神曲』の著名な注釈者であるフランチェスコ・ダ・ブーティが教鞭を執っています。

15世紀初頭、フィレンツェの支配下に入ったことで大学は一時閉鎖に追い込まれましたが、ロレンツォ・デ・メディチの尽力により、1473年に組織的な発展を再び開始しました。1486年には講義用の建物建設が始まり、これは後に「知識の建築」を意味するパラッツォ・デッラ・サピエンツァとして知られるようになります。この建物に面したデル・アッボンダンツァ門上のケルビム像は、現在も大学のシンボルです。

しかし、1494年のフィレンツェへの反乱とそれに続くイタリア戦争の混乱により、学府は再び衰退し、一時的に他都市へ移転しました。最終的に、メディチ家のコジモ1世の統治下で1543年11月1日にピサ大学は再開を迎えます。1545年の法令以降、ピサ大学の教育・研究水準は飛躍的に向上し、ヨーロッパ屈指の教育研究機関へと成長しました。この時期には、世界初の学術植物園を開設したルカ・ギーニや、植物分類学に貢献し、血液循環説の提唱者ともされるアンドレア・チェザルピーノ、解剖学者のガブリエル・ファロッピオや医学者のマルチェロ・マルピーギといった著名な学者が教鞭を執りました。ピサ生まれのガリレオ・ガリレイもこの大学で学び、1589年には数学教授に就任しています。

メディチ家によるトスカーナ大公国の統治下では、大学は国家の重要な機関と位置づけられ、一層の強化が図られました。優れた学者や教員が集められ、学位取得を目指す者はピサ大学で学ぶことが義務付けられるなど、保護政策の下で安定した教育・研究環境が維持されました。特に法学と医学の分野で優れた教育が行われています。

メディチ家断絶後、ロレーヌ家の統治下でも大学の発展は続き、メディチ家が計画を始めた天文台が完成し、図書館も拡充されました。植物園や自然科学博物館も発展し、実験物理学や化学といった新しい学問分野も導入されました。

トスカーナがナポレオン帝国に併合されると、ピサ大学は帝国アカデミーに改組され、パリ大学の分校としての位置づけとなりました。教育課程やプログラムはフランス式のモデルに準じ、フランス式の試験、学位授与、卒業論文制度が導入されるとともに、神学、法学、医学、科学、文学の5学部が新設されました。1839年から1840年にかけて、ガエターノ・ジョージーニ学長の指揮下で、学部数を6つ（神学、法学、文学、医学、数学、自然科学）とするピサ大学史上最も重要な改革が断行されました。特筆すべきは、世界で初めて農学部が創設され、研究目的の羊の飼育が行われたことです。その後、経済的・政治的判断から一時的にシエナ大学と統合され、学部の一部がシエナへ移されましたが、1859年には臨時政府による迅速な措置により、全ての学部がピサに復帰しました。

イタリア王国が誕生すると、ピサ大学は国家を代表する主要な文化機関の一つとして位置づけられました。19世紀後半から20世紀前半にかけては、フランチェスコ・カラーラ（法学）、ドミニク・コンパレッティ（古典文献学）、ジョヴァンニ・ダンコーナ（イタリア文学）、パスクアーレ・ビラリ（歴史学）、ジョアッキーノ・ヴォルペ（歴史学）、ルイージ・ルッソ（イタリア文学）、ジョヴァンニ・ジェンティーレ（哲学）、ジュゼッペ・トニオーロ（経済学）、ウリッセ・ディーニ（数学）、アントニオ・パチノッティ（物理学）など、多くの著名な学者が教鞭を執りました。1890年には、ヨーロッパで初めての歴史言語学研究所がピサに設立されています。

ファシズム体制下では、ピサ大学は政治的な議論や反体制活動の中心地として活発な動きを見せました。第二次世界大戦後、ピサ大学は再び先導的な研究機関としての地位を確立しました。戦争に先駆けて設置された工学、薬学の学部に加え、経済学、外国語・文学、政治学などの学部が新たに設けられました。

現在の状況と評価

現在のピサ大学は11学部、57学科を擁し、特に農学、宇宙物理学、コンピュータサイエンス、工学、数学、医学、獣医学といった分野で高度な研究を展開していることで知られています。国立研究評議会をはじめとする国内外の様々な研究・文化機関との密接な連携を持ち、特に1960年代から70年代にかけて大学で発展した情報技術分野を中心に、産業界へも重要な貢献を果たしています。

「ピサ大学システム」全体としては、国際的な大学ランキングで高い評価を得ています。例えば、Academic Ranking of World Universities (上海ランキング)では、ピサ大学システムとしてイタリア国内第1位、ヨーロッパの大学の中でも常に30位以内にランクインしています。なお、システムを構成するピサ高等師範学校は、イタリア国内の研究機関の中で最上位に位置づけられるなど、特に優れた教育・研究機関として知られています。

著名な卒業生

ピサ大学は、長い歴史の中で数多くの著名な人物を輩出してきました。

ガリレオ・ガリレイ（天文学者、物理学者）
クレメンス12世（ローマ教皇）
チェーザレ・ボルジア（ヴァレンティーノ公）
ジョズエ・カルドゥッチ（詩人、ノーベル文学賞受賞）
ジョヴァンニ・パスコリ（詩人）
ジョヴァンニ・ジェンティーレ（哲学者、政治家）
ジョヴァンニ・グロンキ（イタリア共和国大統領）
エンリコ・フェルミ（物理学者、ノーベル物理学賞受賞）
カルロ・アツェリオ・チャンピ（イタリア共和国大統領、イタリア銀行総裁）
サビーノ・カセーゼ（憲法学者）
ピエトロ・チターティ（作家）
カルロ・ルッビア（物理学者、ノーベル物理学賞受賞）
パオロ・マッキャリーニ（外科医）
ジョバンニ・チェバ（数学者）

これらの卒業生は、科学、文学、政治、宗教など多岐にわたる分野で大きな足跡を残しています。

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