ピーター・シックリー

ピーター・シックリー（1935年 7月17日 - 2024年 1月16日）は、アメリカ合衆国の作曲家、音楽教育者、そしてユーモア溢れるパロディ作家として、幅広い分野でその才能を発揮しました。特に、ヨハン・ゼバスティアン・バッハの架空の息子である「P. D. Q. バッハ」が作曲したとされるユニークな「冗談音楽」で世界的に知られています。クラシック音楽の形式を用いながら、意表を突く楽器編成や奇妙な旋律、風刺的な歌詞などを盛り込んだ彼の作品は、多くの聴衆に笑いと驚きを提供しました。

生い立ちと教育

シックリーは1935年、アイオワ州エイムズで生まれました。両親はアルザス地方からの移民で、父ライナー・シックリー（1905-1989）は作家ルネ・シッケレの息子であり、農業経済学者でした。一家は父の職務に伴い転居を繰り返し、幼少期をノースダコタ州ファーゴで過ごしました。そこで、ファーゴ・ムーアヘッド交響楽団のシグヴァルド・トンプソンに作曲の手ほどきを受けます。

1952年にファーゴの高校を卒業後、スワースモア大学に進学し、1957年に音楽の学位を取得。この大学で、コンピューターの先駆者テッド・ネルソンと知り合い、彼の実験映画に音楽を提供しています。さらに学びを深めるためジュリアード音楽院へ進み、ロイ・ハリスやヴィンセント・パーシケッティといった著名な作曲家から指導を受け、1960年に作曲の修士号を取得しました。

キャリアの多角化

ジュリアード音楽院卒業後、1961年から1965年まで母校で教鞭を執りました。その後フリーランスとなり、クラシック音楽の枠を超えた多様な活動を展開します。特に1960年代には、ジョーン・バエズなど著名なフォーク歌手のアルバムでオーケストレーションや編曲を手がけました。また、SF映画『サイレント・ランニング』（1972年）の音楽を担当するなど、映画音楽の分野でも才能を示しました。

彼は優れたバスーン奏者でもあり、室内楽ロックトリオ「オープンウインドウ」の一員としても活動しました。このグループは1969年のレヴュー『オー! カルカッタ!』の音楽を作曲・演奏し、数枚のアルバムを発表しています。

P. D. Q. バッハの誕生

シックリーが冗談音楽に傾倒するようになった背景には、ポピュラー音楽のパロディで知られるスパイク・ジョーンズへの幼少期からの興味がありました。ジュリアード音楽院在学中の1959年、指揮者ホルヘ・メスターと協力して開催した冗談音楽のコンサートが学内で好評を博し、やがて恒例行事となります。1965年にはニューヨークのタウンホールへと会場を移し、一般公開を開始。このコンサートの録音アルバムがヴァンガード・レコードからリリースされた際、「P. D. Q. バッハ」というキャラクター設定が生まれました。コンサートは人気を博し、1972年からはより大きなリンカーン・センター内のエイヴリー・フィッシャー・ホールで開催されるようになりました。

P. D. Q. バッハは、ヨハン・ゼバスティアン・バッハの架空の「末っ子で最も奇妙な子供」という設定で、シックリー自身がバイエルン州の古城で楽譜を発見したと主張する体で作品が発表されました。これらのパロディ作品は、バッハをはじめとする様々な作曲家のスタイルを模倣しつつ、音楽的なユーモアや視覚的なギャグを盛り込んだ独自の芸術形式を確立しました。彼の名は、P. D. Q. バッハとしての活動によって広く知られるようになり、その知名度は時にシックリー自身の真面目な作曲作品を凌ぐほどでした。P. D. Q. バッハ名義のアルバムは、1990年から1993年にかけて3年連続でグラミー賞のコメディアルバム部門を受賞するという快挙を成し遂げています。晩年は健康上の問題からコンサート活動を減らしましたが、2018年までライブパフォーマンスを続けました。

その他の音楽活動とラジオ番組

P. D. Q. バッハとしての活動に加え、シックリーはオーケストラ、合唱、室内楽、声楽、そしてテレビ番組など、幅広い分野に100曲以上の真面目な作品を提供しています。絵本『かいじゅうたちのいるところ』のアニメ化作品（1988年改訂版）では音楽だけでなくナレーションも担当し、映画『サイレント・ランニング』ではダイアン・ランパートと共同で主題歌を作曲しました。また、ミュージカルやスクールバンドのための楽曲も多く手がけ、その功績により数々の賞を受賞しています。彼の作品は、ヨーロッパのクラシック音楽の伝統とアメリカ的な表現を融合させた独特のスタイルが特徴です。

音楽教育家としての一面としては、クラシック音楽の教育番組『シックリー・ミックス』の司会を週1回務めました。この番組は1992年に始まり、アメリカ国内の多くの公共ラジオ局やパブリック・ラジオ・インターナショナル（PRI）で放送されました。1999年に資金不足のため新規制作は終了しましたが、その後も2007年まで既存回が再放送されました。全169回が制作され、そのうち119回が再放送されました。初期の50回は、以前の組織名が入っていたため再放送されませんでしたが、2006年からは一部の再放送も行われました。中でも、音楽家や作曲家を周期表のようにまとめた「音楽の周期表」という企画は特筆すべきものです。

私生活と晩年

私生活では、1962年10月27日に詩人のスーザン・シンドールと結婚し、マットとカーラという二人の子供を授かりました。彼らの子供たちもまた音楽家となりました。シックリーは1990年代には、子供たちと共に「ビーキーパー」というトリオを組んで活動したこともあります。娘のカーラはオーケストラ音楽の作曲家として活躍しています。彼の弟であるデイヴィッド・シックリー（1937-1999）も映画監督やミュージシャンとして活動していました。

ピーター・シックリーは2024年 1月16日、ニューヨーク州ベアーズビルの自宅にて、感染症のため88歳でその生涯を閉じました。彼のユニークな音楽性とユーモアは、多くの人々の記憶に残ることでしょう。

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