フェラーリ・637

フェラーリ637：F1とCARTを繋ぐ、幻のマシン

1986年、スクーデリア・フェラーリは、型破りなプロジェクトに着手しました。その名はフェラーリ637。F1ではなく、アメリカで人気の高いCART（チャンプカー・ワールド・シリーズ）参戦を目指したマシンです。しかし、このマシンは決してレースでその姿を見せることはありませんでした。その誕生から消滅までの経緯は、F1の歴史において重要な意味を持つ出来事だったのです。

FISAとの対立とCARTへの挑戦

1980年代後半のF1は、エンジン開発競争が激化していました。特にターボエンジンは、1,000馬力を超えるパワーを生み出していました。この状況に危機感を抱いたFISA（国際自動車スポーツ連盟）は、1987年シーズンから自然吸気V型8気筒エンジンに限定する新規定を発表しました。しかし、伝統的にV型12気筒エンジンにこだわってきたフェラーリはこれに強く反発。新規定を受け入れず、F1から撤退する構えを見せました。

フェラーリのこの姿勢は、単なる抵抗ではありませんでした。F1撤退を示す明確な意思表示として、フェラーリはCART参戦という大胆な決断を下します。当時、CARTはインディ500などの名門レースを含み、F1に次ぐ規模を誇るシリーズでした。CART参戦用マシンとして開発されたのが、フェラーリ637だったのです。

トゥルースポーツとの提携と開発

CART参戦を成功させるため、フェラーリは既存チームとの提携を選びました。多くのチームと交渉した結果、提携相手として選ばれたのは、ボビー・レイホール率いるトゥルースポーツでした。グッドイヤーからの推薦もあり、フェラーリはトゥルースポーツの持つノウハウとデータ収集体制を活用することにしました。

フェラーリ本拠地マラネロでは、若手デザイナー、グスタフ・ブルナーを中心に開発が進められました。ブルナーはアメリカに渡り、インディ500などを視察し、綿密なデータ収集を行いました。エンジンは、ランチアLC2の2.6リットルV型8気筒ターボエンジンをベースに、CARTレギュレーションに適合させ、約700馬力を発揮する仕様に仕上げられました。

フィオラノでのテストとプロジェクト中止

1986年9月、フィオラノサーキットでフェラーリ637はメディアに公開されました。ミケーレ・アルボレートがステアリングを握り、その実力を示す走行を披露しました。そのパフォーマンスは、フェラーリのF1撤退宣言が単なる脅しではないことを証明しました。

しかし、この事態にFISAは動きました。F1からのフェラーリ撤退を避けるため、新エンジン規定の施行を2年間延期し、V12エンジンも認める方向へ変更しました。これにより、フェラーリは637プロジェクトの中止を決断。F1への参戦継続を選び、フェラーリ637は、実戦の場を知る事なくその歴史に幕を閉じました。

F1とCART、2つの世界をつなぐ架け橋として、わずかな期間だけ存在したフェラーリ637。その存在は、F1の歴史における重要な転換点のひとつとして、今も語り継がれています。そして、その姿は、もしも実現していたら、どのような活躍を見せたのかという、多くの憶測と「もしも」を今も呼び起こし続けているのです。

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