フェラーリ・643

フェラーリ643：短命ながら記憶に残るF1マシン

フェラーリ643は、スクーデリア・フェラーリが1991年のF1世界選手権に参戦するために開発したフォーミュラ1カーです。元マクラーレンのスティーブ・ニコルズと、元ティレルのジャン＝クロード・ミジョーという、名だたるデザイナーの手によって生み出されました。しかし、このマシンはわずか10レース、シーズン後半のみに参戦した、短い歴史を持つマシンでもあります。

開発の経緯：混乱と急造の産物

643の開発は、前モデルである642の不振から始まりました。チームは当初、642を改良してシーズン前半を戦う計画でしたが、テスト結果と開幕戦での敗北により、急遽新車の開発を余儀なくされたのです。当時のテクニカルディレクター、ピエル・グイード・カステッリは、チームの慢心と、642への過信を開発の遅れの原因として指摘しています。チーム監督のチェザーレ・フィオリオは責任を問われ、643の完成を見ることなく更迭されました。この混乱は、643の開発期間がわずか3ヶ月であったという事実からも伺えます。イギリスのGTO（フェラーリ・ギルドフォード・テクニカルオフィス）が開発に大きく貢献したものの、完成度の高いマシンを作るには時間不足だったと言えるでしょう。

シャーシ：マクラーレンとウィリアムズの影響

643のシャーシは、ニコルズがかつて携わったマクラーレン・MP4シリーズを彷彿とさせるデザインが特徴です。特にフロント部分は、空力に特化したミジョーのコンセプトが反映されており、642とは大きく異なる、ハイノーズと短いサイドポンツーンを持つ形状となっています。著名なカーデザイナー、由良拓也氏は、643のデザインについて、ウィリアムズ・FW14の影響も指摘しています。美しいフォルムを持つ一方で、従来のフェラーリらしさが薄れたという見方もあります。

1991年シーズン：潜在能力と信頼性の欠如

643はフランスGPでデビュー。アラン・プロストが予選2位を獲得し、レースでも一時トップを走行するなど、その潜在能力を見せつけました。しかし、低ダウンフォース時の不安定さや、エンジントラブルが頻発し、勝利には届きませんでした。ジャン・アレジもベルギーGPでタイヤ無交換作戦でトップに立ちながら、エンジンブローにより優勝を逃しています。

プロストは、643について、十分なテスト走行を経ずに実戦投入されたことが、レース距離を走り切る能力の不足に繋がったと述べています。また、セミオートマチック・ギアボックスやオルタネーターの問題も多く、信頼性の低さが大きな課題でした。プロストは、643のハンドリングはガソリン量によって大きく変化し、特にガソリンが少ない状態ではドライビングが難しかったと証言しています。

シーズン終盤にはプロストがチームから解雇され、最終戦はテストドライバーのジャンニ・モルビデリが代役を務めました。結果的にフェラーリは1991年シーズン、643で勝利を収めることができず、その後長期にわたる低迷期に突入することになります。

スペック

記録とその後

643は、コンストラクターズランキング3位、ドライバーズランキングではプロストが5位、アレジが7位という結果に終わりました。しかし、2023年2月、パリのオークションで「643 シャシー127」が366万ユーロ（約5億1300万円）という高額で落札されました。未勝利マシンとしては異例の高値であり、643の高い人気と、その歴史的価値を示しています。643は、成功とは無縁だったものの、その開発背景や、マシンの特徴、そしてその後まで含め、F1の歴史における重要な1ページを刻んだと言えるでしょう。

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