フェリクス水道の泉

歴史的背景

イタリアの首都ローマ、クイリナーレ地区に位置するフェリクス水道の泉（Fontana dell'Acqua Felice）は、16世紀後半にローマ教皇シクストゥス5世の主導のもと、都市の水道網を復旧・拡充する壮大なプロジェクトの一環として建設されました。この噴水は、建築家ドメニコ・フォンターナによって1585年から1588年にかけて造られた、フェリクス水道の終端施設にあたります。水道やそれに付随する噴水が教皇の俗名「フェリーチェ・ペレッティ」に由来し、「フェリクス」または「フェリーチェ」と名付けられたことからも、この事業に対する教皇の強い思い入れがうかがえます。

水道復旧の必要性

シクストゥス5世が1585年に教皇に就任した当時、かつての栄華を誇った古代ローマの水道網はほとんどが荒廃しており、市内で実質的に機能していたのは、古代ヴィルゴ水道を修復・再建したヴェルジネ水道だけでした。このため、清浄な飲料水が必要なローマ市民は、ヴェルジネ水道の終点、すなわち後のトレヴィの泉がある場所まで遠路はるばる出向かねばならない状況でした。市民生活の改善と都市機能の回復を目指したシクストゥス5世は、ローマの各地区に再び安定した水を供給することを重要な任務としました。その一環として、古代アレクサンドリナ水道などを修復・再建し、新たな水道として稼働させたのがフェリクス水道です。

フェリクス水道の終点

フェリクス水道の泉は、この新生水道の末端施設として建設されました。フェリクス水道には他にもいくつかの噴水がありますが、本項目で扱うのは特に終端に設けられた噴水で、「モーゼの噴水」という通称で広く知られています。これは、古代ローマ時代以降に新築された噴水としては初めて、壁龕（へきがん、壁面のくぼみ）を備えた記念碑的なデザインを採用した点で、建築史的にも重要な意義を持ちます。噴水のデザインは当時の様式を反映しており、単なる給水施設にとどまらない、威厳と芸術性を兼ね備えた構造となっています。終端には水を貯めるための貯水槽が設けられ、ここから噴水が水を供給しました。さらに、この水はクイリナーレ街に沿って南西方向へ送られ、クイリナーレ宮殿にも給水されていました。

評価と位置づけ

その歴史的背景、水道復旧における役割、そして記念碑的なデザインから、フェリクス水道の泉はローマの数ある噴水の中でも特別な存在感を示しています。特に「モーゼの噴水」は、観光客に人気の高いトレヴィの泉や、ボルゲーゼ公園にあるパオラの泉と並んで、「ローマ三大噴水」の一つに数えられることもあり、ローマを訪れる人々にとって重要な見どころの一つとなっています。

噴水の碑文

噴水には、ラテン語で建設の経緯を記した碑文が刻まれています。これによれば、ピケヌム地方出身であるシクストゥス5世が、プラエネスト街道の左手にある複数の水源から水道を引いたことが記されています。水源池から20マイル（約32キロメートル）、泉源からならば21マイル（約34キロメートル）という具体的な距離も示されており、この水道建設が当時の技術と労力を要する一大事業であったことが分かります。また、教皇名に就く前の俗名「フェリクス（フェリーチェ）」にちなんで水道が命名されたことも明確に記されており、教皇自身の功績を永く記念する意図が込められていました。

アクセス方法

フェリクス水道の泉は、ローマ市内の中心部に位置しており、公共交通機関を利用して容易にアクセスできます。ローマ地下鉄A線を利用する場合、最寄りのレプッブリカ駅からは北西へおよそ300メートルの距離にあり、徒歩数分で到着します。また、主要な交通ハブであるローマ・テルミニ駅（トレニタリアおよびローマ地下鉄A線・B線が乗り入れ）からは、北西へ約800メートルほど離れていますが、こちらも徒歩圏内であり、ローマの街並みを散策しながら訪れるのも良いでしょう。

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