フセヴォロド・メイエルホリド

フセヴォロド・エミリエヴィッチ・メイエルホリド：革命と粛清の狭間で生きた演劇革新者

フセヴォロド・エミリエヴィッチ・メイエルホリド（1874年2月9日 - 1940年2月2日頃）は、20世紀ロシア演劇史にその名を刻む、革命的な演出家であり俳優でした。ボルガ・ドイツ人の家庭に生まれた彼は、モスクワ大学法学部を中退後、モスクワ・フィルハーモニー協会演劇学校で学び、ウラジーミル・ネミロヴィッチ＝ダンチェンコに師事します。1898年にはモスクワ芸術座に参加、アントン・チェーホフの『かもめ』でトレープレフ役を演じるなど活躍しましたが、芸術座の自然主義的傾向とは相容れず、1902年に退団します。

退団後は、独自の演劇理論に基づいた実験的な演出を追求。象徴主義演劇を取り入れ、ヴェラ・コミサルジェフスカヤ劇場での演出で高い評価を得ます。アレクサンドル・ブロークの『見世物小屋』の演出は象徴主義の脱構築として大きな議論を呼びました。また、サンクトペテルブルク帝室アレクサンドリンスキー劇場やマリインスキー劇場でも活躍し、世界各国の演劇を研究、伝統的な民衆演劇を自身の演出に活かしました。

1917年のロシア革命後、メイエルホリドは熱心に革命運動に参加し、1918年にはロシア共産党（ボリシェビキ）に入党。ソ連教育人民委員部（文部省）演劇部門を統括する役職に就きます。革命1周年を記念して演出したマヤコフスキー作『ミステリヤ・ブッフ』は、ソ連時代の職業的演劇人の最初の社会主義的演劇と評価されました。彼は「演劇の十月」を提唱し、新時代に対応した演劇の創造に邁進。舞台と観客の融合、構成主義的舞台装置、ソビエト社会への鋭い風刺など、革新的な演出を次々と発表します。代表作には『曙』『堂々たるコキュ』『南京虫』『風呂』『森林』『検察官』『知恵の悲しき』などがあります。

国立高等演劇工房では、後の映画監督セルゲイ・エイゼンシュテインらを育成するなど、人材育成にも尽力しました。また、独自の身体訓練法「ビオメハニカ」を提唱し、演劇における身体性と集団性の復権を図りました。これは、コメディア・デラルテ、サーカスの動き、テイラー・システムなどの科学的な時間・動作研究を参考に、機械的イメージと組み合わせたものでした。1923年にはロシア共和国人民芸術家の称号を授与され、メイエルホリド劇場を設立しました。

しかし、彼の絶対的な演劇創作の自由と不断の革新への姿勢は、スターリン体制下の全体主義的統制と対立するようになります。1938年、形式主義批判を受け、メイエルホリド劇場は閉鎖。翌年には全ソ演出家会議で自己批判を拒否し投獄されました。その後、厳しい拷問を受け、スパイ容疑で有罪判決を受け、1940年2月1日に死刑判決、（おそらく）翌日に銃殺されました。彼の妻、女優のジナイーダ・ライヒも1939年に暗殺されています。スターリン死後の非スターリン化によって、1955年に名誉回復がなされました。

メイエルホリドは、ロシア革命という激動の時代を生き抜き、演劇という表現手段を通して、時代の変化に対応し、常に革新を追求し続けました。彼の功績は、20世紀演劇史において大きな影響を与え、現代においても高く評価されています。しかし、彼の生涯は、芸術家の自由と権力との間の葛藤、そして時代の残酷さを象徴するものでもありました。彼の業績を学ぶことは、芸術と社会、自由と統制の関係を改めて考えさせる、重要な機会となるでしょう。

関連文献

『メイエルホリド・ベストセレクション』（諌早勇ほか訳、作品社）
『メイエルホリド演劇の革命』（エドワード・ブローン著、浦雅春・伊藤愉訳、水声社）
『メイエルホリドの全体像』（エドワード・ブローン著、浦雅春訳、晶文社）
『メイエルホリドな、余りにメイエルホリドな』（伊藤俊也著、れんが書房新社）
『メイエルホリド 粛清と名誉回復』（佐藤恭子訳、岩波書店）
『メイエルホリド』（佐藤恭子著、早川書房）
『モスクワで粛清された日本人』（加藤哲郎著、青木書店）
『クレムリン秘密文書は語る』（名越健郎著、中公新書）

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