フツ・パワー

フツ・パワー：ルワンダ虐殺の根源にあるイデオロギー

フツ・パワーとは、過激派フツによって提唱されたフツ至上主義のイデオロギーであり、1994年のルワンダ虐殺を引き起こした要因の一つです。このイデオロギーは、ツチや穏健派フツに対する虐殺を正当化し、大規模な人道危機を招きました。

歴史的背景

近年の研究では、フツとツチは元々同一の民族であり、牧畜民と農耕民への分化によって社会的な地位に差が生じたと考えられています。15世紀頃には、ツチの王が支配するルワンダ王国が形成されましたが、王権が及ばないフツの国も存在していました。

ヨーロッパ人著作家たちは、「ハム仮説」に基づいてルワンダの状況を解釈しました。この仮説では、ツチは「ハム系民族」に起源を持ち、フツに文明をもたらしたとされました。植民地化を進めたドイツやベルギーは、この仮説を利用してツチを間接統治者とし、フツとトゥワを支配させました。1930年代には、ベルギー植民地当局がIDカード制を導入し、民族の区分を固定化しました。これにより、後のルワンダ虐殺の遠因となる民族間の対立が深刻化しました。

ベルギーの政策転換

植民地時代初期にはツチを優遇していたベルギーでしたが、第二次世界大戦後、1950年代半ば頃からフツを支持する方針へと転換しました。この背景には、ツチの独立運動への反発や、多数派であるフツを支持することによるルワンダの安定化を図る思惑がありました。1960年にザイール（現コンゴ民主共和国）が独立し、コンゴ動乱が発生したことも、ベルギーの政策に影響を与えました。

フツ・パワーの形成

フツ出身の大統領グレゴワール・カイバンダは、権力を維持するためにフツとツチの対立を利用しました。フツの急進派は、ハム仮説を逆手に取り、ツチを侵略者であると主張しました。彼らは、ツチが「侵略」する以前のルワンダを理想とし、フツのみによる支配を求めるフツ・パワーを形成しました。

ハビャリマナ政権時代

1973年、ジュベナール・ハビャリマナが無血クーデターにより大統領の座を奪いました。ハビャリマナ政権は、ツチが政治活動を行わない限り弾圧せず、クウォータ制により一定の社会進出を認めました。1970年代から1980年代後半にかけては比較的安定した状況が続きましたが、1980年代後半の経済悪化や、1990年のルワンダ愛国戦線による侵攻を機に、ハビャリマナ政権はツチとフツの対立を煽る政策へと転換しました。

フツ・パワーの高まり

1990年以降、ルワンダ政府中枢のフツ過激派を中心に、フツ・パワーが再び台頭しました。ハッサン・ンゲゼは、ツチに対する侮蔑感情を煽る雑誌『カングラ』を創刊し、フツの十戒を広めました。ミルコリンヌ自由ラジオ・テレビジョン（RTLM）は、フツ過激派によるヘイトスピーチの拠点となり、ツチに対する寛容さを無くすよう主張し、フツ・パワーのイデオロギーを確立しようとしました。同ラジオ局は、ツチをゴキブリを意味する「イニェンジ」という言葉で呼ぶなど、悪質なプロパガンダを流しました。

ジェノサイドの誘発

1992年、極端なフツ至上主義を主張する共和国防衛同盟（CDR）が結成されました。彼らは、ルワンダ政府がルワンダ愛国戦線とアルーシャ協定の締結に向けて議論することに反対し、ハビャリマナ大統領を非難しました。1994年4月6日にハビャリマナ大統領が暗殺されると、フツ・パワーに属する者はこれをツチ過激派の犯行であると考え、インテラハムウェなどの民兵組織を動員し、ルワンダ虐殺を引き起こしました。

ジェノサイド終結後

1994年7月、ルワンダ愛国戦線が政府軍を制圧し、戦争終結宣言が出されました。フツ・パワーを主張し虐殺に関与した者は逮捕されるか、難民として近隣諸国へ逃亡しました。ジェノサイドの指導者層はルワンダ国際戦犯法廷で裁かれ、虐殺に参加した者はガチャチャと呼ばれる住民による裁判にかけられました。

フツ・パワーは、ルワンダ虐殺という悲劇を生み出した根源的なイデオロギーであり、その歴史的背景と影響を理解することは、同様の悲劇を繰り返さないために不可欠です。

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