フランス祖国同盟

フランス祖国同盟（Ligue de la patrie française）は、1898年12月31日、ドレフュス事件という社会を二分する論争の中、反ドレフュス派に立つ知識人たちが立ち上げたフランスの政治団体です。

設立の背景と経緯

19世紀末のフランスでは、1880年代後半の反議会主義・反共和主義的なブーランジスム運動が終息した後も、政情不安が続いていました。特に1894年に発覚したドレフュス事件は、フランス社会に深い亀裂を生じさせます。1898年1月、作家エミール・ゾラがドレフュス無罪を訴える有名な公開状「私は弾劾する」を発表し、ドレフュス派が「人間および市民の人権連盟」（現人権同盟）を結成するなど、再審を求める声が勢いを増していました。

こうしたドレフュス擁護の動きに対し、反ドレフュス派の若手教師であるガブリエル・シヴトン、ルイ・ドーセ、アンリ・ヴォージョワらは危機感を抱きました。彼らは、すべての知識人がドレフュス派や左派の立場をとるわけではないこと、そして祖国や伝統的価値観を擁護する立場にも確固たる正当性があることを示すため、非左派の知識人による組織結成を計画します。1898年10月にはパリでの会合を皮切りに活動を開始。ゾラをはじめとするドレフュス派や、彼らが国際主義や平和主義を装った左派の陰謀と見なすものへの批判を込めた請願書を作成し、学校や政治家、文化人などに広く署名を求めました。

この運動は、地理学者マルセル・デュボワ、著名な詩人でアカデミー・フランセーズ会員のフランソワ・コペ、そして批評家でフランス学士院会員のジュール・ルメートルといった影響力のある人物の協力を得ました。特にルメートルは組織運営の中心となり、作家モーリス・バレスは彼の唱えるナショナリズム思想によって運動に理論的な根拠を与えました。シャルル・ダニエルーもコペを支持し、同盟の結成に尽力した一人です。こうして準備が進められ、1898年12月31日に正式な設立が決定、翌1899年1月4日にジュール・ルメートルが代表に就任してフランス祖国同盟は産声を上げました。

活動と影響

結成後、フランス祖国同盟はアカデミー・フランセーズの会員、軍部、教会、貴族、富裕層といった社会の上層部と連携を深め、当時の政界や世論に大きな影響力を持つようになりました。その影響力は、ドレフュス派の急先鋒であったジョルジュ・クレマンソーによる「知識人声明」に匹敵すると評されるほどでした。

著名な作家ジュール・ヴェルヌ、ノーベル文学賞詩人のフレデリック・ミストラル、画家エドガー・ドガやピエール＝オーギュスト・ルノワールなども名を連ねた同盟の参加者は、結成わずか1ヶ月で3万人を超え、一時は10万人に達したとも言われています。参加者の約7割は弁護士、医師、文学・芸術関係者といった知識層や専門職が占め、労働者や職人の割合は少数でした。

同盟議長となったルメートルは、1899年1月の会合でユダヤ人、プロテスタント、フリーメイソンが共謀してフランスを支配しているかのような演説を行いましたが、組織全体としては反ユダヤ主義やカトリック擁護を前面に押し出すことはありませんでした。彼らはフランスの旧秩序の回復を目指しましたが、権威主義的な体制の樹立を強く主張したわけではありませんでした。

愛国者連盟のような大衆的な組織とは異なり、祖国同盟は暴力的な手段や過激な言動を避け、この姿勢が中間層からの支持を得る要因の一つとなりました。しかし、ドレフュス事件の終結への願い、あるいはバレスのような急進的なナショナリストと穏健派の意見の相違（批評家フェルディナン・ブリュネティエールのように政局の混乱収拾を望む者もいました）、さらにはコペのようなボナパルティスト的な傾向を持つメンバーの存在など、内部には多様な意見が存在し、一枚岩ではありませんでした。有名な作家アナトール・フランスも同盟員でありながらドレフュス擁護派でした。

アクション・フランセーズの分離と衰退

祖国同盟の内部対立は、新たな団体の誕生にも繋がります。1899年には、モーリス・ピュジョとアンリ・ヴォージョワが同盟から離脱し、同年6月に反ユダヤ主義的な右翼運動組織アクション・フランセーズを設立しました。祖国同盟の慎重な姿勢や組織目標の曖昧さを批判していたシャルル・モーラスは、ほどなくアクション・フランセーズに参加し、その機関誌を通して急進的な反共和主義、王政復古主義、必要に応じた暴力容認といった過激な主張を展開するようになります。

祖国同盟自体は、1900年のパリ市町村議会選挙である程度の議席を獲得しましたが、その後は分裂が進みました。反ドレフュスという共通の立場だけでは、多様な思想を持つメンバーを長期的に結束させるには限界がありました。1902年の国民議会選挙では、パリ以外で同盟公認候補はほとんど支持されず、多くの支持者は他の共和派候補などに票を投じました。1903年には大規模な集会を開催するなど活動は続きましたが、1904年の地方選挙での敗北を機に、その影響力は急速に衰えていきました。

カード事件と指導者の変遷

同盟の会計を務めていたガブリエル・シヴトンは、1902年に議員となります。彼は、反教権主義者であるアンドレ陸軍大臣がフリーメイソンの情報網を利用してカトリック教徒の公職追放を目論んでいるという情報を入手し、これを議会で追及しました。この「カード事件」と呼ばれるスキャンダルは当時の政局を揺るがし、エミール・コンブ首相の辞任に繋がりますが、追及の中心人物であったシヴトンは間もなく急死しました（支持者からはフリーメイソンによる陰謀と見なされました）。

組織の指導者も交代が相次ぎました。ジュール・ルメートルが代表を離れた後はルイ・ドーセがその職を引き継ぎましたが、彼も1905年に辞任するなど、組織の安定は損なわれていきました。

主要な人物

フランソワ・コペ：詩人、アカデミー・フランセーズ会員。名誉会長を務めました。
ジュール・ルメートル：批評家・作家、フランス学士院会員。結成時の代表で、組織運営の中心でした。
モーリス・バレス：小説家、ジャーナリスト。同盟の思想的指導者と見なされていました。
ガブリエル・シヴトン：教師、後に議員。会計を務め、カード事件に関与しました。
ルイ・ドーセ：教師。事務総長を務め、後に代表となりました。
アンリ・ヴォージョワ：哲学教授。事務補佐を務め、後にアクション・フランセーズを共同設立しました。

フランス祖国同盟は、ドレフュス事件を契機に反ドレフュス派知識人が組織された試みであり、当時のフランス社会におけるナショナリズムや反共和主義、反ユダヤ主義といった思想潮流の一断面を映し出していました。しかし、内部の多様性や明確な目標の欠如から、短期間でその影響力を失い、後継組織ともいえるアクション・フランセーズに道を譲ることとなりました。

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