フランツ・ベンダ

フランツ・ベンダ（ドイツ語: Franz Benda, チェコ語: František Benda, 1709年 11月22日 - 1786年 3月7日）は、18世紀半ばのドイツで、特にプロイセン宮廷を中心に活動したボヘミア出身の作曲家であり、卓越したヴァイオリニストです。バロック音楽から古典派音楽への転換期にあたる時代に活躍し、その独特な演奏様式は「ベンダ様式」として知られています。

生涯

ベンダは1709年 11月22日、プラハ近郊の小さな村ベナートキで、亜麻布織り職人でありながら音楽を愛好した父ハンス・ゲオルク・ベンダの長男として生まれました。父からオーボエやシャルマイ、ツィンバロムの手ほどきを受け、地元の教会カントルからはオルガン、作曲、歌唱などを学び、幼い頃から音楽の基礎を固めました。少年時代はプラハのイエズス会で教育を受けた後、10歳でドレスデンの教会の聖歌隊に入ります。一年半後に一度帰郷しますが、再びプラハへ戻り、15歳までアルト歌手として活動しました。1723年には、神聖ローマ皇帝カール6世の戴冠式のために上演されたオペラに歌手として出演するなど、早くからその才能を発揮しました。

声変わりで歌手の道を断たれたベンダは一時故郷に戻りますが、1726年、仕えていたクライナウ伯爵の支援を得てウィーンへ旅立ち、音楽家としての再出発を図ります。その後、シビウやブレスラウといった各地を転々としながら活動を続け、1730年にはポーランドのワルシャワ郊外にある郡知事の宮廷楽団に楽長として迎えられました。この頃、彼はプロテスタントに改宗しています。1732年にポーランド王室宮廷楽団のヴァイオリン奏者となりますが、翌年、国王の死去に伴いドレスデンへ移ります。間もなく、当時プロイセン皇太子だったフリードリヒ（後の大王）がルピーンに設けた私的な宮廷楽団に、フルート教師クヴァンツの推薦で招かれ、プロイセンでの長いキャリアが始まります。

ルピーン、そして後にラインスベルクに移った楽団では、当初ヴァイオリン演奏に加え歌手としても活動しましたが、1735年にテノール歌手カール・ハインリヒ・グラウンが加入したことで歌手専業は終えました。この時期、ベンダは先輩奏者であるヨーハン・ゴットリープ・グラウンらから音楽理論や作曲を熱心に学び、短期間で協奏曲を作曲できるほどの能力を身につけました。

1740年、フリードリヒが国王に即位すると、ベンダも共にベルリンへ移り、楽団はプロイセン王室の公式な宮廷楽団となりました。ヨーハン・ゴットリープ・グラウンが楽師長に任じられる中、ベンダはヴァイオリン奏者としては次席でしたが、フリードリヒ大王の個人的な室内楽ではリーダーを務めました。1771年にJ.G.グラウンが亡くなった後、ベンダは楽師長に昇格しましたが、この地位は名誉職的な側面が強く、実務は弟のヨーゼフ・ベンダが代行していたと考えられています。ベンダは1786年に亡くなるまでこの地位にありました。

ベンダはプロイセン宮廷に仕えた楽師の中で最も長く、53年間にもわたりフリードリヒ大王に仕えました。大王は彼をヨハン・ゴットリープ・グラウンと並ぶ当代最高のヴァイオリニストと高く評価し、姉ヴィルヘルミーネに「ベンダに匹敵するヴァイオリニストは誰もいない」と書き送るなど、特別な寵愛を示しました。家族のプロイセンへの呼び寄せに際しても、大王は戦争中にも関わらず手厚い配慮をしています。歴史家の中には、人間を所有物と見なす傾向があった大王が、唯一対等な人間として接した音楽家はベンダであったと評する者もいます。

作品と演奏の様式

ベンダは自身の楽器であるヴァイオリンのために多くの作品を作曲しました。彼は鍵盤楽器の演奏に長けていなかったため対位法を用いた作品は少ないことを率直に認めていますが、その代わりに幼い頃からの歌唱経験を活かし、歌唱的なヴァイオリン・ソナタの創作に力を注ぎました。これは、新たな理論や技法を学ぶよりも、自身が既に持つ能力を活用して作曲を進めるという彼の姿勢をよく表しています。

彼の作品の多くは生前出版されず、手稿譜の形で伝えられました。今日においても出版されている作品は多くありません。ダグラス・リーによる研究では、18曲のヴァイオリン協奏曲（うち5曲はフルート協奏曲稿も）、139曲のソナタ（うち多くはヴァイオリン・ソナタ資料、一部フルート・ソナタ資料）が真作と報告されています。ただし、近年の研究（特に田中伸明氏）により、一部の作品の真偽分類やカタログの修正が必要であることが指摘されています。

ベンダが活動した18世紀中頃は、バロックから古典派への移行期であり、彼の作品や演奏にも両方の時代の特徴が見られます。同時代のベルリンの作曲家が好んだ逆付点音型の多用も特徴の一つです。

彼の演奏における最も際立った特徴は、その「ベンダ様式」と呼ばれた歌唱的な美しさでした。同時代の音楽家ヨハン・アダム・ヒラーは、ベンダが高度な技巧を持ちながらも、演奏の趣味は「大変感動的で優雅」であり、これは彼の歌手経験に由来すると評しました。クリスティアン・フリードリヒ・ダニエル・シューバルトも、彼の演奏が「高貴な歌唱性」に満ち、「穏やかで快適」「常に気品がある格別な」ものであると称賛しています。アダージョ演奏においては特に深い感情表現で聴衆を感動させ、聴く者を涙させたという逸話も残っています。これは、当時流行していた派手で技巧的な演奏とは対照的であり、ヴァイオリンの歌うような性質を最大限に引き出す演奏でした。フリードリヒ大王の娘婿ライヒャルトは、大王のアダージョ演奏を「ベンダ風」と形容しており、ベンダ独自の様式が広く認識されていたことがうかがえます。この様式は、彼の師であるJ.G.グラウンからの影響も強く受けて形成されたと考えられています。

家族と音楽的伝統

ベンダは1739年にエレオノーラ・ステフェインと結婚し8人の子をもうけましたが、1758年に死別。1762年にエレオノーラの姉カロリナと再婚しました。1742年には、ベンダ自身の願いとフリードリヒ大王の特別な計らいにより、両親と兄弟がポツダムへ移住し、家族と共に暮らすことになりました。ベンダは弟たち（ヨーゼフ、ゲオルク）にヴァイオリンを、妹アンナ・フランツィスカに歌唱を教え、彼らの多くが音楽家として成功を収めました。弟のヨハン、ヨーゼフ、ゲオルクは宮廷楽団の奏者となり、特にゲオルク・ベンダは後にゴータの宮廷楽長として、メロドラマの分野で名を馳せました。フランツの子であるフリードリヒ・ベンダも室内楽作曲家として知られています。ベンダ家は数世代にわたり著名な音楽家を輩出し、現在もその末裔には音楽活動を続ける人物がいます。

エピソード

声変わり後に故郷で過ごしていた頃、村長の娘との恋愛から、結婚のために当時村にいなかった香辛料入りパン職人を目指そうと真剣に考えたという微笑ましいエピソードや、仕えていた伯爵の親戚から無理やり下働きをさせられ、ウィーンで友人たちと脱走、各地での演奏で食いつなぎながら遠くブレスラウまで逃げ延びたという波瀾万丈な経験も伝えられています。また、英国の音楽史家チャールズ・バーニーが「真に偉大な天才が備えているべき謙虚さの全てを持っている」と評するなど、その謙虚で優れた人柄も知られています。

フランツ・ベンダは、プロイセン宮廷音楽の黄金期を支え、ヴァイオリン音楽の歴史に独自の足跡を残した重要な音楽家です。

もう一度検索