フレッド・アーチャー

フレッド・アーチャー：天才騎手の栄光と悲劇

フレデリック・ジェームズ・アーチャー、通称フレッド・アーチャーは、19世紀イギリス競馬史に燦然と輝く名騎手として知られています。1857年、イングランドのチェルトナムに生まれ、騎手兼調教師であった父ウィリアムの影響を受け、幼少期から騎乗の訓練を始めました。11歳で名調教師マシュー・ドーソンの下で研鑽を積み、12歳で非公式ながら騎手デビューを果たします。

アーチャーの才能は早くから開花しました。1874年、わずか17歳でアトランティックに騎乗し2000ギニーを制覇、クラシック競走初制覇を成し遂げると、同年に147勝を挙げて初のリーディングジョッキーに輝きました。その後も驚異的な勝利数を重ね、1875年には年間最多勝記録を更新する172勝を達成。1000ギニー連覇やエプソムオークス優勝など、数々のタイトルを獲得し、イギリス競馬界を席巻しました。20歳にしてエプソムダービーとセントレジャーステークスを制覇し、クラシック競走完全制覇という偉業も達成しています。アーチャーの卓越した騎乗技術は、人々から「アーチャーが乗ればカタツムリでも勝てる」と評されるほどでした。

数々の伝説的なレースの中でも、1880年のエプソムダービーは特に有名です。調教中の事故で腕を重傷を負いながらも、痛み止めを服用し腕を固定した状態で大本命のベンドアに騎乗。激しいレース展開の中、片腕だけでベンドアを制御し、劇的な勝利を掴みました。このダービーは、アーチャーの並外れた決断力と騎乗技術を象徴する出来事として語り継がれています。しかし、このベンドアには替え玉疑惑があり、後世になってから替え馬だったことが判明しました。それでも、当時の裁定ではベンドアは優勝馬として認められました。

アーチャーは、第6代ファルマス子爵エヴリン・ボスコーエンの専属騎手としても活躍しました。ファルマス子爵は優れた生産者として知られ、アーチャーは彼の生産馬に数多く騎乗し、数々の勝利に貢献しました。1881年には、アメリカから挑戦してきたイロコイに騎乗し、アメリカ産馬として初めてエプソムダービー制覇という歴史的快挙を成し遂げました。この勝利はアメリカでも大きく報じられ、アーチャーの名声をさらに高めました。

しかし、アーチャーの輝かしい経歴には影も落とされました。1883年のダービーでは、兄チャールズが調教した馬のハイランドチーフを勝たせるために八百長をしたとの疑惑が持ち上がり、大きなスキャンダルとなりました。この事件によって、ファルマス子爵との関係も決裂。アーチャーは「The Tin Man（ブリキ職人）」と揶揄され、世間のバッシングにさらされることになります。

私生活においても、アーチャーは不幸に見舞われます。1883年に結婚した妻ヘレンは、翌年出産時に亡くなり、アーチャーは深い悲しみに沈みます。その後も、勝利への執着を燃やし続けますが、過酷な減量と精神的な負担は、アーチャーの心身を蝕んでいきました。

1885年、メルトンに騎乗し、ダービーを制覇。詩人オスカー・ワイルドはこのレースを「ミルトンによるパラドックスの敗北」と評しました。しかし、アーチャーの心は既に深く傷ついており、かつての明るさは失われていました。

1886年、アーチャーは三冠馬オーモンドに騎乗し、セントレジャーを制覇します。しかし、ケンブリッジシャーハンデキャップに出走した際に無理な減量を行い、体調を崩してしまいます。11月8日、ニューマーケットの自宅で拳銃自殺を遂げました。29歳でした。

フレッド・アーチャーの生涯は、天才騎手の華々しい活躍と、その裏に潜む苦悩、そして悲劇的な最期を描いた、ドラマチックな物語です。彼の残した記録は、今もなお競馬史に刻まれています。アーチャーの功績と、彼の内面に秘められた葛藤は、多くの人々に深い感動と教訓を与え続けています。彼が残した莫大な財産は60000ポンドでした。彼の使った拳銃は、現在、ニューマーケットの競馬博物館に展示されています。

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