フローラ (ド・モーガン)

イーヴリン・ド・モーガン『フローラ』：春の女神とルネサンスの息吹

1894年、イギリスの女性画家イーヴリン・ド・モーガンによって制作された油彩画『フローラ』は、ローマ神話の春と花の女神を主題とした、彼女を代表する作品です。この絵画は、ルネサンス期の巨匠サンドロ・ボッティチェリの『プリマヴェーラ』と『ヴィーナスの誕生』から多大な影響を受けており、その繊細な描写と豊かな色彩で観る者を魅了します。

制作背景：フィレンツェとルネサンスへの傾倒

イーヴリン・ド・モーガンは、母方の叔父である画家ジョン・ロダム・スペンサー・スタンホープの影響を強く受けました。スタンホープがフィレンツェに永住した1880年以降、イーヴリンは何度もフィレンツェを訪れ、そこでルネサンス絵画を深く学びました。特にボッティチェリへの関心の深さは、彼女が『ヴィーナスの誕生』や『マニフィカートの聖母』の模写を残していることからも明らかです。フィレンツェでの滞在とルネサンス絵画への没頭が、『フローラ』の制作に大きな影響を与えたと言えるでしょう。

作品解説：春の息吹と象徴性

絵画の中央には、春の女神フローラが描かれています。そよ風に髪をなびかせ、穏やかな表情で鑑賞者を見つめる彼女の姿は、春の訪れを象徴しています。彼女の背後にはビワの木々が茂り、熟した実をつけており、季節感を強調しています。枝にはゴシキヒワ、ズアオアトリ、マヒワといった小鳥たちがとまり、生き生きとした春の情景を作り出しています。

フローラは、色とりどりのパンジーの花柄模様のローブをまとい、肩にはツバメの模様が刺繍された真紅のショールを羽織っています。パンジーとツバメは、いずれも春の訪れを告げる象徴的な存在です。腰元には赤いビーズのアクセサリーが垂れ下がり、華やかさを添えています。彼女は右手に多くのバラの花を抱え、左手からはいくつかの花が零れ落ち、足元に散らばっています。

フローラのポーズ、特にコントラポストのポーズと頭部の傾きは、ボッティチェリの『ヴィーナスの誕生』を彷彿とさせます。また、風景やドレスに描かれた春の花々は、『プリマヴェーラ』へのオマージュと言えるでしょう。しかし、ボッティチェリ作品が複数の登場人物を配置するのに対し、ド・モーガンは細長いキャンバスの中心にフローラ一人を配置することで、彼女の存在感を際立たせています。

さらに、ケイト・グリーナウェイの『花言葉』などの書籍から影響を受けた可能性も指摘されています。絵画に描かれた花々は正確に描写されており、それぞれの花言葉を読み解くことが可能です。例えば、バラは「愛と喜び」、ワスレナグサは「忘れずにいてほしい」といった意味を持ちます。これらの花言葉が、絵画全体に新たな深みを与えています。

画面右下には、イタリア語で書かれた詩がカルトゥーシュの中に記されています。これは、制作地であるフィレンツェ、そしてパトロンであったスコットランド人ウィリアム・イムリーへの敬意を表したものであると考えられます。

モデルと額縁

フローラのモデルは、ド・モーガン家のメイドであったジェーン・ヘールズであると言われています。イーヴリンは他にも彼女をモデルに『トロイアのヘレネ』や『カッサンドラ』を描いています。絵画を飾る額縁はおそらく絵画と同時代に制作され、初期ルネサンス様式に基づいた、花とリボンをモチーフとした精巧な彫刻が施されています。

来歴と現在

『フローラ』は、イーヴリン・ド・モーガンの数少ないパトロンであったウィリアム・イムリーによって購入されました。イムリーは他にもド・モーガンの作品を複数収集していました。この絵画はすぐに有名になり、いくつかの展覧会に出展されました。その後、ド・モーガン・センターに所蔵されていましたが、現在はバーンズリーにあるド・モーガン美術館に収蔵され、多くの人々に鑑賞されています。

まとめ

『フローラ』は、ルネサンス絵画からの影響と、ド・モーガンの独自の感性が融合した傑作です。春の女神の美しさ、精緻な描写、そして花言葉に込められた象徴性など、様々な要素が絡み合い、観る者に深い感動を与えてくれる作品と言えるでしょう。この絵画は、ド・モーガンの芸術家としての才能と、彼女を取り巻く時代背景を理解する上で重要な作品です。

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