ブダペスト弦楽四重奏団

ブダペスト弦楽四重奏団 (Budapest String Quartet)

概要

ブダペスト弦楽四重奏団は、20世紀を代表する最も重要なアンサンブルの一つとして、その革新的な演奏スタイルと約半世紀にわたる活動でクラシック音楽界に大きな足跡を残しました。

歴史と変遷

1917年、この四重奏団はハンガリーのブダペスト歌劇場管弦楽団のメンバーによって結成されました。活動当初はブダペストを拠点としていましたが、その後メンバーは大きく入れ替わり、特に1930年代以降はロシア出身の奏者が中心となります。1938年には活動の場をアメリカ合衆国に移し、そのまま定着。1967年2月に活動を終えるまで、主にアメリカで演奏活動を行いました。最終的なメンバーは全員がロシア系出身者となり、設立時のブダリー語圏との直接的な関係はなくなっていましたが、グループ名は「ブダペスト」を冠したまま活動を続けました。彼らが国際的な名声と芸術的な地位を確立したのは、1932年に第1ヴァイオリン奏者としてロシア出身のヨーゼフ・ロイスマンが加入して以降のことです。

革新的な演奏スタイル

ブダペスト弦楽四重奏団の演奏は、当時の主流であった19世紀的なロマン派特有の情緒的な表現から脱却し、構造の明晰さと客観性を重視した点で画期的でした。特に活動初期、SPレコードの時代には、非常に禁欲的で「新即物主義的」とも評されるほどドライで精密な解釈を展開しました。彼らは、第1ヴァイオリンがメロディーを主導する従来のスタイルを避け、四つの楽器が対等に響き合う「各声部の平等主義」を徹底しました。この革新的なアプローチは、20世紀後半以降の多くの弦楽四重奏団に大きな影響を与え、古典派や初期ロマン派作品の演奏における新たな基準を提示しました。

ただし、彼らの演奏スタイルは固定的ではなく、時代の変化とともに変遷しました。LPレコード時代に入ると、初期の鋭利さが幾分和らぎ、より線が丸みを帯びた、豊かな表現が見られるようになります。晩年の演奏は、初期の即物性からは変化しており、1960年代に他の団体がさらに機械的な正確さを追求する中で、ブダペスト四重奏団は独自の円熟した味わいを保っていました。

アメリカ議会図書館との関わり

ブダペスト弦楽四重奏団は、1940年から長年にわたり、アメリカ合衆国議会図書館の「常駐」弦楽四重奏団という特別な地位を担いました。この関係を通じて、彼らは同図書館が所蔵する、篤志家ガートルード・クラーク・ホイットール夫人が1935年に寄贈したストラディヴァリウスを含む貴重な名器群を演奏に使用することが許されました。これらの歴史的な楽器による演奏は、彼らの多くの録音にも特別な響きをもたらしました。この議会図書館との密接な関係は1962年まで続き、その後、この特別な地位と楽器の使用権はジュリアード弦楽四重奏団へと引き継がれました。

代表的な録音活動

彼らはSP時代からステレオ時代にかけて、膨大な数の録音を残しています。中でも最も重要な功績として挙げられるのは、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲全集を三度にわたって録音したことです。最初は78回転のSPレコード時代、続いて1951年から1952年にかけてモノラルLPで、そして最後に1958年から1961年にかけてステレオLPで全曲を完成させました。これは、彼らがベートーヴェン作品の解釈にどれほど深く取り組んでいたかを示すものです。その他にも、ピアニストのルドルフ・ゼルキンと共演したブラームス：ピアノ五重奏曲や、ヴィオラ奏者ワルター・トランプラーを迎えて録音したモーツァルト：弦楽五重奏曲など、室内楽の重要なレパートリーにおける代表的な録音を数多く残しています。

メンバー間のユニークな関係性

最終メンバーであるロシア系奏者たちの間には、公私の区別をはっきりさせる独特の人間関係があったことが広く知られています。リハーサルや演奏会以外の場では互いに干渉せず、喫茶店に入っても別々のテーブルに座るほど、プライベートでは距離を保っていたと言われています。特に有名なエピソードとして、第1ヴァイオリンのロイスマンとチェロのミッシャ・シュナイダーが、互いをファーストネームで呼び合うようになるまでに22年もの歳月を要したという話が伝えられています。一方、第2ヴァイオリンのアレクサンダー・シュナイダーは、ヴィオラのボリス・クロイトやロイスマンに対して、最後まで敬意をもって姓で呼び続けたとされています。このようなメンバー間の適度な距離感が、芸術家集団として長期にわたり活動を維持できた秘訣の一つだと語り継がれることもあります。もちろん、常に距離を置いていたわけではなく、楽屋などでは集まってブリッジを楽しむなど、気心知れた間柄でもありました。彼らの個性的な関係性は、著名なヴァイオリニスト、ヤッシャ・ハイフェッツが語ったとされるジョーク、「ロシア人が一人いたら無政府主義者、二人ならチェスの試合、三人なら共産主義グループ。では四人いたら？それはブダペスト四重奏団だ」という言葉にも、ユーモラスに集約されています。

結びに

ブダペスト弦楽四重奏団は、その設立から解散までの約50年にわたり、クラシック音楽、特に室内楽の歴史において極めて重要な役割を果たしました。彼らの先駆的な演奏スタイルは後続世代に多大な影響を与え、彼らが残した数多くの録音は、20世紀の偉大な芸術的遺産として今なお世界中で聴き継がれています。音楽への真摯な探求と、個々の強い個性が融合した彼らのアンサンブルは、弦楽四重奏という形式の芸術的な可能性を深く掘り下げたと言えるでしょう。

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