新即物主義

新即物主義：第一次大戦後のドイツを席巻した写実主義芸術運動

新即物主義（ノイエザッハリヒカイト、Neue Sachlichkeit）は、第一次世界大戦後のドイツで生まれた美術運動です。1920年代に隆盛を極めましたが、ナチス政権の台頭により弾圧され、短期間で終焉を迎えます。多岐にわたる芸術分野に影響を与えたこの運動の特質を、建築、写真、絵画の３つの側面から見ていきましょう。

建築における新即物主義

新即物主義は、建築からその端緒を見出します。ドイツ工作連盟の創設者の一人、ヘルマン・ムテジウスがその中心的な提唱者でした。機能性と合理性を重視し、装飾性を排した簡潔なデザインが特徴です。ブルーノ・タウト、ミース・ファン・デア・ローエ、エアンスト・マイ、ハンス・ペルツィヒといった巨匠たちが、この運動を代表する建築家として知られています。彼らの作品は、合理的な構造と洗練されたフォルムによって、近代建築の新たな地平を切り開きました。

写真における新即物主義

新即物主義は写真にも大きな影響を与えました。1920年代後半のドイツで、客観的で冷静な視点による写真表現が台頭します。アルベルト・レンガー=パッチュの『世界は美しい』は、工場や機械、人、動物など多様な被写体を淡々と捉え、技術的実験性を排した写実性を追求しました。カール・ブロスフェルトの『芸術の原型』は植物を対象とし、同様の客観的な視点を貫いています。これらの作品は、単純なリアリズムを超え、新即物主義特有の視覚言語を確立しました。構成主義的な要素、例えばクローズアップや水平線・垂直線の強調なども見られます。アウグスト・ザンダーの『時代の顔』は、冷静な視線で人々を捉えた代表的な作品です。フランスのジェルメーヌ・クルルの『メタル』も、機械美学という観点から新即物主義写真に含めることができます。
これらの作品は、バウハウスにおける実験的な写真表現と融合し、「ノイエ・フォト」（ドイツ新興写真）という新たな写真潮流を生み出しました。日本においても、1930年頃から新興写真の一部として新即物主義の影響が見られ、報道写真や前衛写真などに浸透していきました。田中長徳が土門拳の作品を論じる際に用いたのも、新即物主義の概念でした。新即物主義写真の特徴として、表現面への傾倒が強く、ジョージ・グロスに見られるような政治的・社会風刺的な側面は比較的少ないことが挙げられます。

絵画における新即物主義

1925年、マンハイム市立美術館館長グスタフ・フリードリヒ・ハルトラウプが開催した展覧会『ノイエザッハリヒカイト（新即物主義）──表現主義以降のドイツを代表する芸術』が、絵画における新即物主義の出発点となります。この展覧会は、アレクサンダー・カノルトの作品を中心としたものでしたが、ハルトラウプは新即物主義を「右派クラシシズム」と「左派ヴェリズム」という二つの傾向を持つものとして定義しました。この定義をめぐって論争が巻き起こります。両傾向は、主観的な表現主義とは対照的に、客観的なリアリズムを志向するという点で共通していました。
「右派クラシシズム」は、匿名性、無時間性、無音性を特徴とする、抽象と具象の融合した作品が多く見られます。「左派ヴェリズム」は、社会における無名の人々を客観的な視点で描写することに焦点を当てました。この二つの傾向は、フランツ・ローの提唱した「魔術的リアリズム」とも共通性があり、しばしば同一視されることもありました。のちに、「魔術的リアリズム」は新即物主義の一つの傾向として再定義されます。新即物主義の絵画は、音楽にも影響を与えましたが、ナチス政権下では「退廃芸術」として迫害を受けました。

新即物主義のその後

新即物主義は、ナチス政権による弾圧を受け、短期間で衰退しました。しかし、その客観的で写実的な表現方法は、後の美術表現に大きな影響を与え続けました。その簡潔で機能的な美意識は、現代デザインにも息づいています。新即物主義は、20世紀の美術史における重要な運動として、現在も研究され続けています。音楽分野では、パウル・ヒンデミットが代表的な作曲家として挙げられます。

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